フェラーリ286GTSがプラグインの時代になっても輝くのはなぜか

  • 文:小川フミオ
  • 写真提供:Ferrari SpA
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キャビン背後のエンジンルームの大きさが目をひく

フェラーリが(また)魅力的なニューモデル、296GTSを作りあげた。2022年4月に発表されたオープン2座スポーツカー。フェラーリいがい作れないようなスタイルのなかに、最新のテクノロジーを詰め込んだモデルであり、同時に名車と言われたむかしのフェラーリの要素も採り入れている。


私が296GTSに乗ったのは、22年10月。場所は、イタリア・トスカーナ地方だ。高速とワインディングロードと市街地を組み合わせたコースでもって「このクルマの魅力を堪能してください」(本社広報)というものだ。

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リアフェンダーの部分の大きなエアインテークはかつての250LMを彷彿させる

22年の欧州は、10年前ならありえない、と言われたであろうぐらい暖かい。通常なら曇天の下、暖房解禁令はまだ出ないかと震えてましたよ、とフェラーリのスタッフ(暖房解禁令は通常10月中旬)。半袖でも暑いぐらいで、オープンモータリングには最適の気候だった。地球はかなり心配だけれど。

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トップは14秒でエンジンルームとキャビン背後に格納される

最初の対面は、地中海に面したリゾートで、富裕層に人気のフォルテ・デイ・マルミ Forte dei Marmi。大理石の産地でも有名なところだ。そこでブルーのクルマを渡されて、ひとりで5時間ぐらいかけて、フェラーリ本社ちかくまで走っていく。

初めて対面した実車は、欧州独特の太陽光線の下、微妙なカーブで構成されたボディの美しさで、あらためて嬉しい驚きを与えてくれた。

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フェンダーの形状が美しく見えるカット

とくに私が感心したのは、エンジンがそこにはないのでぐっと低められたシャープな印象のノーズと、ボディ側面のゆたかなふくらみ。なかでもリアフェンダーは、エンジンのために大きな空気取り入れ孔をもち、そのなかにとてつもないパワーが潜んでいるのを感じさせる。

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エンジンが見えるようにガラスがはめこまれているのはフェラーリならではだ

リアフェンダーの造型は、「(1963年の)フェラーリ250LMからインスピレーションを得ました」と、フェラーリのデザイナーは説明する。

そういえば、デザインに関してフェラーリは独自の立ち位置を守ってきたのを私は思い出した。伝統的に、フェラーリは新車を出すたびに、従来のイメージをくつがえすような斬新なデザインテーマで、世界のクルマ好きを驚かせてきた。

他社では、どちらかというとデザインの”DNA”にこだわって、ロジカルなアプローチでモデルの”横展開”あるいはモデルチェンジを進めている。

フェラーリは、それに対して、かなり自由。大事なのは、そのクルマの技術的内容をどう表現するか、というところに重きが置かれ、同時にスポーツカーのデザインの可能性を広げてきた。

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左奥はより軽量で専用の足まわりをもった「アセットフィオラノ」仕様

フェラーリがほとんど唯一、スポーツカーデザインの白紙委任状のようなものを持っていられるのは、戦後、スポーツカーをこの世に送り出したのは自分たちだという自負ゆえと、私は聞いたことがある。

スポーツカーという私たちの”資産”のオリジネーターといってもいいかもしれない。今回の296シリーズ(さきにクーペ版のGTBも登場している)も、路上で見かけたら、一目でこのクルマと知れる。いい意味で強い個性があるのだ。

自然の美からインスピレーションを受けるデザインとか、そういう一種ロジカルなものはどう思う?と、フェラーリのデザイナーに尋ねたら、「そんなこと考えたこともないなあ」という返事が即座に返ってきて笑ったこともある。

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ボディ下部は炭素複合樹脂を用い、ヘッドオブデザインのフラビオ・マンツォーニ氏は「2レイヤーレイアウト」とよぶ

296GTSがどんなクルマかというと、フェラーリにすこしでも興味あるひとだと、暗号のような3つの数字と3つのアルファベットを回読できる。最初の「29」は2.9リッターの排気量。「6」は気筒数。「GT」はグランツーリスモなどと読み、フェラーリではミドシップのスポーツカーを意味する。「S」はオープンスポーツを意味するスパイダーの頭文字。

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ルーフを縦に格納するためにキャビン後ろは全高が高めだが、スムーズなルーフラインに溶け込んでいる

このクルマは、電動開閉式のハードトップ(硬いルーフ)をそなえ、時速45キロまでなら走行中でも開閉操作ができる。その時間は14秒。デザイナーとエンジニアは苦労したんじゃないかと思うのは、ハードトップを、乗員がいるキャビンとエンジンルームとのあいだに格納している設計ゆえだ。

たいていのメーカーなら、かさばる電動格納式のハードトップの採用に二の足を踏みそうなものだけれど、フェラーリはあえて実現。もっとコンパクトにできるソフトトップ採用は考えなかったのか。

その質問を、私が、フェラーリの英国人デザイナー、エイドリアン・グリフィス氏にぶつけてみたところ、「スタイルが問題なんですよ、ソフトトップだとクーペと同じようなシルエットにならないでしょう」という答えだった。お疲れさまでした。

私は、緑のなかのワインディングロードをオープンにして走った。サイドウィンドウを降ろしていても、風の巻き込みはほとんど感じられなかった。

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クラシックカーのラリー「ミッレミリア」でも有名な”難所”フータ峠はじつに楽しい道

ウインドシールドが長くて、私の頭上まで届いているのと、後方の空気の整流がうまくいっているからだろう。2名の乗員の頭の後ろにはトノーといって、なにかあったときに頭部を保護するふくらみが設けられている。

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「エアロブリッジ」がキャビン背後のスタイルをうまくまとめている 写真:筆者

フェラーリのデザイナーはそこに横方向に「エアロブリッジ」と名付けたパネルを渡した。風の巻き込み防止に効果を発揮するだろうし、同時に審美的に「クーペの雰囲気」を作りだせたと、説明してくれたのである。

ドライブトレインといって、エンジンをはじめとする動力系にも観るべいところが多いモデルだ。もっとも注目すべきは、296のために開発された2993ccの120度のバンク角をもつV型6気筒エンジンと、それに組み合わされた外部充電式のプラグインハイブリッドシステムだ。

ドライブモードを運転者が選ぶことが出来、ハイブリッドモードなら、満充電で25キロ、モーターだけで走れるし。モーターによる最高速は時速135キロと、ポテンシャルもそれなりにある。

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左下の緑の橫バーがバッテリー残量計(このときはEV走行中)写真:筆者

本来プラグインハイブリッドは、モーターだけで比較的長い走行距離をもつものだけれど、目的がスポーツ走行で、そのために空力ボディを含めてすべてが設計されている296GTSでは、大型バッテリーには対応できなかったのだろう。

ただし電気モーターを加速時に使うモードが設定されていて、そのときは頭がのけぞるほどの加速が体験できる。F1マシンみたいなものだと考えてしまってもいいかもしれない。

ふつうにハイブリッドモードで走行していると、まずモーター走行。駆動用バッテリーを使いきるとエンジンが始動。回生ブレーキなどでバッテリーが少しでも充電されると、また電気で、という繰り返しが体験できる。

無音で走る、ものすごくシャープなスタイルのフェラーリ。現地の市街地では、周囲のひとが眼をみはっていたように見えたのは、意外性も大きな理由だと思う。

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ダッシュボードとドアに連続性をもたせのが特徴のインテリアデザイン

296GTSの真骨頂(と私が勝手に思ったのは)大きめの曲率の、いわゆる中速コーナーが連続する、途中のアペニン山脈のワインディングロードだった。エンジンが始動すると、快音とともに、あっというまにレッドゾーンまで吹け上がるようなスムーズさで、加速感はなにものにも替えがたい。

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変速機のレバーは意外に使いやすい(フェラーリのロゴが入った四角いものがクルマのキー)

加えて操縦性だ。連続するカーブを走り抜けていくとき、ステアリングホイールを右とか左とかに、ほんのすこし切っただけで、296GTSはすかさず車体の向きを変えてくれる。レスポンスが高いといったりするのだけれど、まさに運転している私の意のまま。すばらしいハンドリングは、フェラーリのもうひとつのアセットだとつくづく感心。

4313万円を使えるひとにとっては、満足度の高い買い物になりそうだ。

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Ferrari 296GTS

全長×全幅×全高 4565x1958x1191mm

2992cc V型6気筒ターボ+電気モーター(プラグインハイブリッド) 後輪駆動

出力 610kW@8000rpm

トルク 740Nm@6250rpm

価格 4313万円