滋賀にある佐川美術館の樂吉左衞門館は、樂直入(15代樂吉左衞門)さんが自ら設計創案・監修した展示室と茶室からなる空間。2007年の開館以来「吉左衞門X」シリーズとして、樂さんが深く影響を受けたり、思惟を共有した作家や事象とのコラボレーション展が開催されてきた。現在開催中の第13回目となる「吉左衞門X」でタッグを組んだのは、佐藤オオキさん率いるデザインオフィスnendo。本展やものづくりについて、樂さんと佐藤さんに話を聞いた。
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茶の湯と深くつながりながら約450年間もの間、京都で焼き継がれてきた樂焼の前当主と、東京とミラノを拠点に枠にとらわれないデザインで世界的な活躍をするデザイナー。ふたりの出会いの場は、漫画家の松井優征さんを交えてのトークイベントだったそう。
「それをきっかけに、我々nendoが京都の職人さんや工房など8組の方とコラボレーションした作品の展覧会『NENDO SEES KYOTO』を二条城や清水寺でやらせていただいたんです。樂さんとはお会いするたびに新しいアイデアが出てきて、二条城では収まりきらないな、一度切り離して別のカタチでやらせていただけないですかねって、ムクムクと二条城から派生したのがこの展覧会なんです」と佐藤さん。
それを受けて樂さんが語る。
「デザインとは用に添い美の文脈を完結させることだと思ってきました。佐藤さんは僕の狭いデザイン感を一新させた。例えば『盗まれない傘』というとんでもないデザイン。傘の柄だけを所有し、傘本体はシェアする。普通ならセキュリティ強化を計る発想が、覆される面白さです。既存社会の常識や制度を根本から揺さぶる。デザインとは考えそのものを設計する哲学。その意味でアートも、僕の考える茶碗も、茶碗という形をもつ哲学なのです」
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『NENDO SEES KYOTO』で展示されたのは、樂焼独自の軟質かつ多孔質な土質と肉厚な成形に着目し、焼成後の樂茶碗に赤ワインやコーヒーなどを高台から吸い込ませたもの。「器で飲む」のではなく、「器が飲む」ような様子。まるで、地下水脈が地質や地形に合わせて、その流れ方を変えながら大地を潤していく様を想起させることから「junwan(潤椀)」と名付けられた。今回、そのコンセプトをさらに発展させた「junwan-chroma-」は、水性の万年筆用インクを染み込ませ、色素の分離現象(=chromatography)によって内在する個性を現した茶碗。同じく「junwan-redox-」は、鉄、銅、銀の3種類の金属イオン水溶液と、ビタミンCを両側から染み込ませ、酸化還元反応(=redox)を起こしてから焼き上げたもの。そのほか、宙で回転することで時間の流れを表現する「chuwan」、5つの小さな空間を作り、茶碗から抽出したテクスチャ―を部分的にオブジェに移植した「jihada」、茶碗の内部空間を3Dスキャンしたデータをもとに透明アクリルで物質化した「michiwan」を展示。長い歴史を持つ樂茶碗を解剖したようなユニークな作品たちが、薄暗い空間に浮かび上がる。
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「インクでシミを付けたり、中身を取り出したり、皮をはいだり、浮かせてみたり。やってはいけないことを全部やらせていただいたオンパレードに近いかな。俯瞰して観てみると、樂さんの懐の深さを実感できるような展覧会だと個人的にはすごく思いました。デザイナーは予定どおりに物事をすすめる職業。でも、樂さんとのものづくりは不確定要素が非常に多くて、読めないところがあったり、予期せずして起きてしまう。そういったものを"ノイズ"と呼んでいますが、私はいままで20年間そのノイズに怯えながらものづくりをしてきたけれど、樂さんは日々不確定要素を楽しみながらものづくりをされている。この1年半対話をさせていただきながら、その楽しみ方やものづくりの魅力のヒントを教えていただけたようにと感じています。これからノイズっぽい作品ができてきたら、それは樂さんのせいというかこの展覧会のせいですね(笑)」
異分野のクリエイターとしてのぶつかり合いを心から楽しみ、今後は定期的に会うことがなくなるのが寂しいという佐藤さん。その思いは樂さんも同じのようだ。
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「佐藤さんは樂茶碗を手に取りとても新鮮だったと思います。その茶碗の世界を解析する。単に発想の奇抜さに留まらず、本質的な考えや感じ方に基づいているのです。茶碗は見込みに虚を抱えている。それは本質的な事柄です。それを感じ取り、見込みの空間を立体に、つまり虚を実として置き換えた。しかも美しいクリスタルな実態として。あるいは部分を取り込み空間をデザインする。そこには部分と全体の構造転換が形として見えてきます。佐藤さんとの会話の中で、不確定性・ノイズをどのように捉えるかという話に盛り上がりました。茶碗は設計図がなく、常に不確定性・偶然性が持ち込まれる世界です。デザインの世界は文脈を通しノイズや不確定性を最小限に留めなければ成立しない。佐藤さんはノイズが入ってくるのが怖いと言う、僕はノイズがないと頼りない。この対極的な位置関係にあって、しかも濃密なコミュニケーションが成立する。それはとてもわくわくする時間です」
ふたりのものづくりに対する思いが響き合う今回の展示。5つの作品群が5つの空間にそれぞれ展示されているが、作品のそばにはその制作過程を撮影した動画が流れている。作品と映像を合わせて鑑賞することで、その面白さがより伝わるような構成だ。ぜひ稀代のクリエイター同士の相思相愛のセッションを体験しに出かけてほしい。
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『吉左衞門X nendo✕十五代吉左衞門・樂直入』
会期:~2023年03月11日(土)
会場:佐川美術館 樂吉左衞門館(滋賀県守山市水保町北川2891)
開館時間:9:30~17:00(最終入館16:30)
休館日:月曜(祝日の場合はその翌日)、年末年始
www.sagawa-artmuseum.or.jp