巨匠ピカソのブルーピリオド! 原点にして根幹をなす「青の時代」を知り尽くす

  • 文:粟野真理子

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ポーラ美術館収蔵の『海辺の母子像』(1902年)(真ん中)、左は『鼻眼鏡をかけたサバルテスの肖像』(1901年)、右は『青いグラス』(1903年頃)共にバルセロナ・ピカソ美術館。

青錆、灰青、青碧色…胸にすとーんと沁みわたるメランコリックで深遠なブルーで埋め尽くされる、ピカソの初期の作品。青の時代=ブルーピリオドと称されるこれらの作品群は、1901-1904年、ピカソが20歳から23歳の4年間に制作されたものだ。開館20周年を迎えた箱根のポーラ美術館は、パブロ・ピカソ没後50年を記念し、画家の原点である「青の時代」を徹底検証、その後につづくキュビスム、古典回帰を経て晩年までのピカソの絵画制作を回顧する。

今回の展覧会は、有数のピカソコレクションを誇るポーラ美術館とひろしま美術館の共同企画展。最新の科学技術を駆使した研究内容を紹介しながら、20世紀の巨匠が遺した国内外の重要作品約70点を展示。各作品の下層に隠された別のイメージを光学調査によって解明し、以前は可視化できなかった制作のプロセスを探ることで、ピカソの画業の痕跡を明らかにしている。

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展示風景より。深い海の底のような色調と陰翳で表現した青の世界。1枚のカンヴァスに何度も塗り替え模索した作品は、やがてピカソの絵画の手法となっていく。

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展示風景より。左はひろしま美術館の名画『酒場の二人の女』(1902年)。右手は『うずくまる物乞いの女』(1902年)や『スープ』(1903年)。ともにアート・ギャラリー・オブ・オンタリオ。

1901年、ピカソがバルセロナとパリを行き来している頃、親友カサジェマスが失恋を苦に拳銃自殺するというショックな出来事が起き、ピカソの裡(うち)に大きな影を落とす。また同時期、ピカソはパリのサンドニ街の近くにあるサン・ラザール監獄を訪問。ここは女性専用の監獄で、小さな子どもを抱えた女性や娼婦が収容されており、過酷な環境のなかで暮らす女性たちの生命力、悲しげな姿にピカソは強い衝撃を受けたという。こうした生と死や深い悲しみ、苦痛のなかで、青の時代の作品が生まれていった。

特に注目したいのは、今回の主要作品である『海辺の母子像』(1902年)と『酒場の二人の女』(1902年)だ。『海辺の母子像』は、先に紹介した監獄の母子をモデルにしたとも言われているが、X線画像の撮影による調査で作品の下層にいくつかの構図が描かれていたことが解明。最下層には子どもの像が認められ、さらに中間層では『酒場の二人の女』を思い起こす酒場の女性像やアプサントのグラス、スプーンが写し出された。また背景部分には、自画像に近いシルエットも見い出されている。また表層にはパリの日刊紙『ル・ジュルナル』の文字のインクが反転してうつっていることから、作品を描いたのち画面が乾ききる前に、新聞紙でくるんでパリからバルセロナに運ばれたことが判明している。

一方、『酒場の二人の女』の下層には、かがんで横顔を見せる女性の下絵の存在が明らかになった。さらに調査を進めると、たびたび構図を改め、描き直した跡も透けて見えた。貧困にあえいでいたピカソは、このように1枚のカンヴァスを何度も利用、ひとつの構図を描き、考えが変わると別の新たな構図を描き、塗り替え、塗り重ね、ときには一部のモチーフを再利用し、絵を完成させていった。

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キュビスムの展示室にて、左から『男の胸像』(1909年)、『裸婦』(1909年)ともにポーラ美術館。『女の半身像(フェルナンド)』(1909年)ひろしま美術館。

青の時代は4年で終わり、その後フェルナンド・オリヴィエという恋人ができると、画面は次第に明るさを取り戻し、バラ色の時代を迎える。今回の展示でバラ色の時代の作品は1点だが、淡い暖かな色彩においても、青の時代に探求した母子像や貧しい女性たちというテーマは継承されていく。

やがて、ピカソは1907年にフランス人画家のブラックと出合い、幾何学的に対象を分析して再構成するキュビスムの探求を進めていく。画家が視覚ではなく知覚を通して捉えた世界は断片に分解され、カンヴァス上で再構成されるが、ここで興味深いのは、キュビスムの作品においても、青の時代から踏襲している塗り直し、塗り残しが行われ、テクスチャの厚みによる面白みが、作品に加わっている点だ。

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『ラ・ガループの海水浴場』(1955年)東京国立近代美術館。映画のフォーマットに合わせ、横長のシネマスコープの比率のカンヴァスに描かれている。
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展示風景。映画「ミステリアス・ピカソ 天才の秘密」(1956年)より、『ラ・ガループの海水浴場』の制作場面を上映。

第二次世界大戦後、晩年のピカソは温暖な南仏に移り住む。ニースで撮影された映画「ミステリアス・ピカソ 天才の秘密」でも、大作『ラ・ガループの海水浴場』(1955年)を描いては消し、塗り替える制作過程が紹介されるが、この制作プロセスこそが、青の時代から構築されたピカソのスタイルであることが明確になっている。

ピカソの絵画の魅力とは、表層にあるものだけではなく、下層に埋められたイメージやプロセスの積み重ねによって支えられている。そうした経過が、作品完成の際に「これでようやく1枚の絵になった」と語る、ピカソ自身の言葉の重みにつながっていった。死と生、貧困と母性にまつわる記憶とファンタジーが内在する「青の時代」は、ピカソの絵画世界の奥行を深める重要なファクターであった。

Photo:すべて©Ken KATO

『ポーラ美術館開館20周年記念展
 ピカソ 青の時代を超えて』

開催期間:2022年9月17日(土)〜2023年1月15日(日)
開催場所:ポーラ美術館展示室1、3
神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285
TEL:0460-84-2111
開廊時間:9時~17時(入館は16時30分まで)
休廊日:会期中無休
無料:一般1,800円
https://polamuseum.or.jp