グラミー賞にノミネートされた、人気カントリーシンガーがつくったアメカジ服の本気度

  • 写真&文:小暮昌弘
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パソコンやスマホの画面から欲しいものを見つけ、ポチッと押すだけで翌日には何でも届くような便利な世の中だ。これを使わない手はないと私もよく利用させてもらっている。ランズエンドはアメリカで創業したブランドだが、ビジネスの中心がカタログ販売やインターネット販売。このブランドがアメリカのテレビ番組のために製作したレインジャケットについて2021年に紹介したが、未読の方のために今回取り上げるランズエンドというブランドについて触れておこう。

ランズエンドは1963年にアメリカのシカゴで設立されたブランドだ。コピーライターでヨットマンでもあったゲリー・コマーが創業者。ちなみにブランド名の英語表記は「LANDS’ END」。アポストロフィの位置が違うと思った人も鋭い。校正者に向いている(笑)。ゲリーが最初のカタログを製作したときに、ミスプリントがあった。刷り直すお金がなかったのでそのままブランド名にしたと聞いているが、現在にいたるまで変えずに使っている。実はそんなところも私がランズエンドというブランド自体に興味をいだく理由で、好きなところでもある。

その後ランズエンドはカタログ販売で大成功を収め、78年には本拠地をウィスコンシンに移転する。私も現地に取材に行ったことはあるが、とても素晴らしい環境の会社でスタッフもフレンドリー。「こんな場所で働いきたい」と感激したことをよく覚えている。

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ブレイク・シェルトン。1976年オクラホマで生まれる。幼少のことから歌を歌い始め、17歳で歌手としてデビュー。アルバムは初のゴールドディスクを獲得。グラミー賞にも3度ノミネートされている。テレビの司会者としても活躍している。195センチの長身。

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そんなランズエンドから面白い話が届いた。前述のようにランズエンドはカタログビジネスからスタートしたブランドだ。最近では顧客のために商品を着用できるポップアップ形式のイベントも随時開催されているが、基本とするのは通販による販売だ。カタログ、あるいはパソコンやスマホの画面で商品を顧客がチェックし、気に入ったものをオーダーするというのが通常の注文方法だ。ランズエンドのカタログやPCサイトを見てもらえばわかるのだが、ランズエンドには電話で繋がるカスタマーサービスが用意されている。写真を見ただけではよくわからない商品も多々ある。服の場合はなおさらだ。素材、サイズやディテールなどを注文する前に詳しく聞いてみたくなることもあるだろう。心配はいらない。その場合はカスタマーサービスに電話をすればいい。オペレーターは顧客からのさまざまな質問にも答えられるよう訓練されているとランズエンドから聞いたことがある。

それはアメリカでも事情は同じだ。

ある日、アメリカ本社のオペレーターの電話が鳴ったと聞いている。それはデニムの裾上げについての問い合わせで、電話をかけてきたのはアメリカで人気のカントリー&ウエスタン歌手、ブレイク・シェルトンのスタイリストだった。「これは本当にブレイク本人が注文したデニムについての問い合わせだろうか?」と電話を受けたオペレーターは驚愕し、興奮して社内は大騒ぎになったらしい。それほどブレイクの名前はアメリカでは知れ渡っていた。

恐縮だが、洋楽に詳しくない私も知らなかった。TOWER RECORDのサイトで検索してみたが、ブレイク・シェルトンは「カントリー界のみならず、アメリカ・ミュージック・シーンを代表する男性シンガー」とある。2001年のデビューアルバムがヒットし、プラチナディスクを獲得。その後も数々のゴールドディスクを送り出し、グラミー賞にも3度もノミネートされているという。YouTubeで、さっそく彼の曲を聞いていた。彼はオクラホマ出身らしいが、声が素晴らしくセクシーで骨太。ポップス調にアレンジされた曲も多く、心地よい耳ざわりの曲が多い。カントリー&ミュージックのスタンダードも歌っていて、アメリカ人好みに違いない。最近、洋楽を聞く機会がめっきり少なくなってしまったが、すぐに気に入ってしまい、終日、ずっと聞いていた。

プライベートでは自宅の牧場で、救助犬ベティとともに、畑や動物の世話をして暮らしているという彼。普段からランズエンドの服を愛用していて、気に入ったシャツは全色揃えて、1週間毎日着ていることもあるという。そんな彼が「デニムの裾上げ」について、どんなことをオペレーターに尋ねたかは明らかにされていないが(笑)、この電話がきっかけとなって、なんとブレイクがランズエンドのデザインチームに加わり、名前まで入ったコラボコレクションをつくってしまった。完成したコレクションを見たブレイクは「長く愛せるクラシックなデザイン、どっしりした安定感のある色と柄……。僕はファッションの権威ではないけれど、着心地の良さならわかる。しっくりきたら、わかるから。繰り返し着たくなる。手放すことが出来ない服が出来上がったんだ。出会ったらあなたもきっとわかるはずだよ」と語っている。

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「フラッグシップ・フランネル・シャツ」というモデル。赤のチェック柄が彼のギターの弦から発想された「シックスストリング」。よく見ると、それぞれの太さが違っている。ブレイクが演奏するギターの音が聞こえてきそうだ。右のプリント柄はアメリカの大平原を飛ぶ渡り鳥がイメージ。モチーフは故郷オクラホマの鳥だろうか?

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自分で柄をデザインしたフランネルシャツを着用するブレイク。背景には厩舎と馬が見える。たぶん彼が持っている牧場で撮影したのだろう。

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アメカジの定番アイテムと言える「フランネルラインド・シャツジャケット」。丈夫なコットンチノ素材を表地に。裏地にはブレイクこだわりのギター柄や渡り鳥柄のフランネルを採用する。洗いをかけているので、着込んだ風合いがすぐに味わえる。

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いかにも暖かそうな「エクスペディション・ダウン・パーカ」。保温性の高い600フィルパワーのダウンが入っている。フードにはファーをあしらい、縫い目も裏からシール加工を施しているので、雨雪をブロックしてくれる。「寒さが厳しいアウトドアにも飛び出せる」とブレイクが太鼓判を押した一着。これも私が注目したダウンパーカだ。

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小物類までラインナップ。左上のトートの素材は、フランネル素材で柄はアメリカの州の形を組み合わせたカモフラ柄。面白い! 下のトートはデニム素材。ブレイク自身の必需品である「トラッカー・ハット」には、今回のコラボを記念した特別な革製のロゴが付いている。

最初にこの情報を聞いたときには、日本でよくある別注品くらいに思っていたが、コレクションを見てビックリ! フルアイテムで展開されている。いかにもブレイクが着そうなチェックシャツやそれを裏地に使ったシャツジャケット。本格派のランチコートやダウンパーカ、フリースを裏地に使ったコーデュロイジャケットなど、さまざまなアメカジ服が勢揃いしている。彼は「ランズエンドのシャツを重ね着するのが好き」とも語っているが、「ワッフル・ヘンリー」のTシャツは彼のレイヤードスタイルに最適だろう。フランネル素材を使ったチェックシャツの素材を見てさらに驚いた。柄がギターの6弦をかたどっており、ラインが徐々に変化していく。こんなチェックは見たことがない。つまり素材から開発しているのだ。今回のコラボレーションへの本気度が伝わってくる。ミュージシャンとしてだけでなく、最近ではテレビで司会までこなしマルチに活躍するブレイク、そんな彼に“ファッションデザイナー”という肩書きが新たに加わったということなのだろう。

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「カシミア・ワッフル・クルーネック」。私は日頃からワッフルを愛用してきたが、このセーターを見たとき、こういう素材のワッフルがあったらいい、とずっと願っていたものがカタチになったと本当に感激した。特に上のグレイッシュなカラーは大人っぽく、クリーンで、私の好み。

そんなコレクションで、私が個人的に「コレだ!」と思ったのは、カシミア素材の「ワッフル・クルーネック」だ。お菓子で有名なワッフルのような凹凸があるワッフルのTシャツは、秋口から冬、春先まで、毎日着用している私の定番。パジャマがわりに上下で着ることもあるし、肉厚のものは単独で一枚で着ることも多い。生地に入った凹凸が生地と体の間に空気を溜め込んでくれるので体温を逃さず、間を空気が通るので、汗をかいても肌離れがよく、サラリとした着心地で味わえる。上からフリースか薄いダウンでも重ねれば、かなりの寒でも快適に過ごせる。

そんなお気に入りの“ワッフル”を、ブレイクはウールでも最上級のカシミア素材でつくってくれたのだ。ランズエンドがつくるカシミアセーターもずっと愛用してきた。長年着てもまったく風合いも型崩れせずに、しかも軽量なのがランズエンドのカシミアセーターの特徴で毎シーズンリリースされている。その定評あるカシミアを使って、カジュアル風にも着こなせるように、12ゲージのワッフル状に編み上げているのが今回のモデル。素晴らしい出来栄えではないだろうか。実際に袖を通してみたが、暖かさは格別。もちろんカシミアの素材は頬擦りしたくなるようなソフトな風合い。カシミアそのものに包まれている気にもなる。これこそ本物の“ラグジュアリー”というものではないだろうか。

そんな機会は絶対におとずれることはないだろうが、もしブレイク・シェルトンに会えたなら、なぜこの「カシミア・ワッフル・クルーネック」を創る気になったか、尋ねてみたい。