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プロダクトデザイナー・小野直紀が思う名品とは? 『他人には薦めないもの』

  • 文:小野直紀(プロダクトデザイナー)
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うちの靴箱には、同じ靴が15足並んでいる。この靴は僕にとっての名品だと言える。だけど、誰かに薦めることはしない。この靴が、その誰かにとっての名品たり得る要素が欠けているから。

人がものに価値を感じる時、実はその環境によって「価値があると思わされている」という考え方がある。価値の感じ方、つまり価値観は、その人がどんな場所でどのように育ったかで変わり、親や友だち、メディアや社会システムに影響を受けている、というのがその理屈だ。さまざまな外的要因によってもたらされる印象や思い込みの蓄積が、その人の価値観をかたちづくっているのだ。

だとしたら、自分の価値観は自分のものではないのだろうか?そんなことはない。たとえ、環境によって価値があると思わされているというのがすべての人に共通する事実だとしても、人がどこでどう育つか、どんなメディアを通してなにを見ているか、どんな人やものにいつどうやって出会うか、一つひとつの事柄が共通することなんてあり得ない。

人が生きている中で遭遇する印象や思い込みの種類、それらが蓄積していく過程は千差万別。時代や場所によって傾向はあるかもしれないが、世界全体からすればその傾向すら価値観の固有性を生成する変数のひとつでしかない。そうしてかたちづくられた固有の価値観を拠り所として、人はものに価値を感じ、それを欲しいと思ったり、購入したりするのである。

価値観は生き物だ。環境によってもたらされる印象や思い込みの蓄積は、死ぬまで続く。ものに対して感じる価値は、常に変化する。たとえば、ある靴に価値を感じて、それを購入したとする。しかし、しばらくすると飽きてしまったり、もっといい靴を見つけて興味がなくなったりするかもしれない。流行りものなら、流行の終わりとともに価値を感じなくなることも多い。一方、誰かに「似合っているね」と褒められたり、使い続けることで愛着が生まれたり、その靴と過ごすうちにより価値を感じるようになることもある。

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冒頭の話に戻る。うちの靴箱には同じ靴が15足並んでいる。いま履いているものが4足、履きつぶしたものが3足、買い置きが8足。過去に処分したものもあり、これまで何足所有したか定かでない。参考までに言うと、その靴とはナイキのエア モックのことだ。出合いは20年以上前、僕が高校生だった時。最初に履いていたのはエア モック テキスタイルというモデルのライトボーン(グレー)だった。大学を卒業するくらいまで、同じモデルの同じ色を何度も履きつぶしては買い替えていた。

社会人になりしばらくすると、当時販売されていたエア モック ウルトラという別のモデルに乗り換えた。ブラックとオフホワイトのふたつを同時に購入して、このモデルが販売終了となった後も、ストックを買い溜めて現在に至る。もちろん他の靴ももっている。だけど、何度も履きつぶしては買い替えて、買い置きまでもっているのはこの靴だけだ。僕にとっての名品とは、もの単体で到達する概念ではない。それに出合った時点で、価値を感じるかどうか。さらに購入した後、価値観の変化とともに使い続ける中で、それでも価値を感じられるかどうか。その結果を通じてのみ、名品と呼べるものになるのだ。つまり名品とは、ものとそれを使う人の共同作業によって生み出される価値の結果なのだ。だから、僕にとってエア モックは確かに名品なのだけど、誰かに薦めることはしない。僕とこの靴が共同で生み出した価値は、誰にも共有することができないから。

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小野直紀(おの・なおき)
●1981年生まれ。2008年に博報堂入社。15年に同社内でプロダクト・イノベーション・チームmonomを設立。19年より雑誌『広告』編集長を務める。社外ではデザインスタジオYOYを主宰し、日本と欧州を中心に活動している。

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※この記事はPen 2022年11月号「最旬アイテムを厳選 2022年秋冬名品図鑑」より再編集した記事です。

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