バスキアが常に持ち歩き、詩や走り書きをした「コンポジションノート」とは?

  • 文:小暮昌弘(LOST & FOUND)
  • 写真:宇田川 淳
  • スタイリング:井藤成一

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黒のマーブル模様が特徴的な「コンポジションブック」。多くの学生たちが使う、アメリカではメジャーなノート。トム・ハンクス、サンドラ・ブラックなどが出演した映画『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』(12年)にも登場する。¥1,100(税込)/Oxford

「大人の名品図鑑」バスキア編 #5

アンディ・ウォーホル、キース・ヘリングと並んで20世紀を代表するアーティスト、ジャン=ミシェル・バスキア。わずか10年の間に3,000点のドローイングと1,000点の絵画作品を残し、27歳の若さで波瀾万丈の人生を閉じた。今回はそんな天才アーティストが愛した名品の話だ。

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日本で初めてバスキアの大規模な展覧会「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」が開かれたのは2019年。「日本」をモチーフにした作品を含む、彼の絵画やドローイングが世界中から約130点集められたと聞く。『Pen』本誌19年10月1日号の特集「バスキアを見たか。」はそのタイミングで編集されたものだが、その展覧会で披露されたのがバスキアが持っていた「コンポジションブック」あるいは「コンポジションノート」と呼ばれる8冊のマーブル模様のノートブックだ。特集にもその話が詳しく掲載されている。

このノートを所有していたのは、出版人でアートコレクターのラリー・ウォルシュ。彼がこのノートを手に入れたのは87年のこと。バスキアとバンド「グレイ」を組んでいたニック・テイラーとマイケル・ホールマンから入手したとある。しかもバスキアは家を出てからずっとこのノートを持ち歩いていたと書かれている。

実はジュリアン・シュナーベルが監督を務めた映画『バスキア』にもこのノートが登場する。彼女になったジーナ(クレア・フォーラニ)のアパートに転がり込んだバスキア(ジェフリー・ライト)。ドラッグで一時気を失うシーンで、ベッドの下にこのノートが転がっているのがわかる。監督のシュナーベルはバスキアとも親交があった人物。バスキアにとってこのノートが欠かせないものと思い、劇中に登場させたのだろう。

実はウォルシュが所有する8冊のノートは、彼の家のクローゼットに20年間忘れられた存在だった。それが19年の展覧会で陽の目を見たというわけだ。

バスキアが持っていたノートの中身は、走り書きや詩などが大半。一度書いた文字や文章に打ち消し線を引いたものがあるが、これはのちの作品などでも見られるバスキアの手法だ。

「バスキアは無作為に見えて、繊細にこのノートを構成している。言葉の並びが注意深くコントロールされているんだ。彼は詩人になりたかったのではないか。また、ドローイングやテキストの組み合わせはレオナルド・ダ・ヴィンチの手稿を意識したものかもしれない」

ウォルシュは『Pen』でこのように語っている。ある意味、このノートはバスキアの内面、世界観がそのまま凝縮されたものだろう。

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本人のノートを再現した『バスキア ザ・ノートブックス』

ウォルシュはノートのレプリカを『バスキア ザ・ノートブックス』と題してプリンストン・ユニバーシティ・プレスから出版しているが、その日本語版も発行されている。「紙の風合いなど、できるだけ本物のノートブックに近づけました」と19年の『フィガロ・ジャパン』のインタビューでウォルシュは答えているが、日本語版を入手すると、その素晴らしい出来栄えに驚く。ノートの紙の感じ、彼の筆跡やスケッチなどが見事に再現されているのだ。

バスキアがいつも持ち歩いていた「コンポジションブック」は、表紙にプリントされたマーブル模様が特徴で、アメリカではメジャーなノートだ。諸説あるが、メーブル模様、あるいは大理石柄のノートが印刷されるようになったのは19世紀のヨーロッパ。それが20世紀にアメリカに渡り、製品化されたと言われている。ちなみに「コンポジション(composition)」とは、構図や創作、作文などの意味があり、学生たちがよく使っていたことから、表紙裏に「時間割」などをプリントしたものもある。

特徴は、前述のマーブル模様の表紙と、ノートの角が丸くカットされている点。色は黒がもっともポピュラーだが、青や赤、緑の表紙のノートもある。製本は糸がかりで綴じられているので丈夫。しかもノートの背に製本テープが貼られている。学生たちが手荒く扱っても大丈夫なようにそうした仕様でつくられているのだろうが、保存性は高い。ROARING SPRINGやMEADなどの文具メーカーがこのノートを製品化しているが、バスキア所有のノートを何冊かを合本し編集した『バスキア ザ・ノートブックス』を見ると、彼は両方のブランドのノートを使っている。

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日本では手に入りにくくなった「コンポジションブック」

実は「コンポジションブック」は日本ではなかなか手に入れることができない。昔はソニープラザストア(現在のプラザストア)に行けば、必ずステーショナリーのコーナーに積まれていたし、それ以外にも扱う店がまだまだあった。アメリカに行けば、専門店に行かなくても、スーパーマーケットや大学の生協でも必ず売っている普通のノートだ。アメリカの某通販サイトを覗くと、あるにはあるが、それはノートと思えぬほど高価。円安で物価高とはいえ、少し高すぎる気もする。

日本では希少な「コンポジションブック」を販売しているのは、福岡・大名にあるセレクトショップ、FAT POCKETS。同店で扱っているのはもちろんアメリカからのインポート製品で、ブランドはOxford。解説には「アメリカのノートの定番。さまざまな映画やレコジャケにも出てくるほか、ナイキのダンクにも採用された柄として有名です」とある。この店はUSカルチャーをベースにウェア、今回のノートのような生活雑貨からCDまで揃う。「コンポジションノート」が選ばれているのもアメリカのカルチャーを意識してのことだろう。

それにしても「コンポジションブック」は、ノートの名品。バスキアが有名になる前から愛用するだけでなく、詩などを書き留めるために愛用するアーティストも多い。もっと日本でも簡単に入手できるようになってほしいと思うのは、私だけではないだろう。

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表紙の裏には時間割が記入できる票がプリントされている。糸を使って製本されているので、丈夫で保存性が高い。

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FAT POCKETSのサイトから注文すると、ステッカーが1枚付いてくる。どのステッカーが付いてくるかは在庫次第。
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2019年に発行された『バスキア ザ・ノートブックス』(ブルーシープ)。編集したのはラリー・ウォルシュ。バスキアが描いたオリジナルの質感を再現している。古書で手に入れることができる。

問い合わせ先/FAT POCKETS TEL:092-791-3949

http://fatpockets.jp

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