“一本の線”と“ふたつの円”。バスキアが愛用したイッセイ ミヤケのサングラスとは?

  • 文:小暮昌弘(LOST & FOUND)
  • 写真:宇田川 淳
  • スタイリング:井藤成一

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品番は「IM-101」。1985年にリリースされたモデルの復刻で、現代のスペックとしてフレームにピュアチタン、プラスチックレンズを採用し、軽量化、しなやかさ、剛性を向上させた。「ブラッシュシルバー」と呼ばれるフレームにブルーのレンズのカラーリングも洒落ている。¥58,300/イッセイ ミヤケ アイズ

「大人の名品図鑑」バスキア編 #2

アンディ・ウォーホル、キース・ヘリングと並んで20世紀を代表するアーティスト、ジャン=ミシェル・バスキア。わずか10年の間に3,000点のドローイングと1,000点の絵画作品を残し、27歳の若さで波瀾万丈の人生を閉じた。今回はそんな天才アーティストが愛した名品の話だ。

バスキアのドキュメンタリー映画はこれまで何本か制作されているが、その一本に2010年にアメリカでつくられた『バスキアのすべて』がある。監督はバスキアの友人で、テレビシリーズ『アグリー・ベティ』『ノット・ア・ガール』を手掛けたタムラ・デイビス。撮影当時25歳だったバスキアの未公開インタビュー映像を軸に、アーティストでヒップホップ界の先駆者だったファブ・5・フレディ、映画『バスキア』の監督も務めたジュリアン・シュナーベル、精神科医スーザン・マロックなどが生前のバスキアを語るというドキュメンタリー作品だ。

その作品のDVDを入手したところ、裏面に掲載された写真で彼がかけていたサングラスに見覚えがあった。それは『Pen』本誌の18年2月26日発売号で紹介したイッセイ ミヤケ アイズのサングラス。DVD掲載の写真ではオーバーサイズ気味の黄色のニットを着用し、サングラスを頭の上に乗せている。あの爆発するような独特のドレッドヘアの黒髪に、メタル素材のサングラスが一層際立って見える。

18年の『Pen』でも紹介されているが、白シャツに柄入りのベスト着用したベスキアが同じサングラスをかけている写真も残されている。しかもこの写真を撮影したのはアンディ・ウォーホル。写真は86年ごろのものと推測されているが、バスキアはこのサングラスをそうとう気に入っていたに違いない。

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バスキアが着用した「IM-101」の画期的デザイン

イッセイ ミヤケがデザインしたこのサングラスは、品番「IM-101」というモデルで、発表されたのは85年。バスキアが25歳のときなので、この作品が撮影された時代とも重なる。「IM-101」は、日本だけでなくグローバル規模で販売されたという記録が同社には残されているので、どこかでバスキアがこのサングラスを手にしたのだろう。83年、86年と日本のファッション雑誌『男子専科』がバスキアとファッション撮影を行なっているが、その時に着用したのがイッセイ ミヤケの服。その撮影でサングラスは使われてはいないが、撮影現場でこのモデルを見たことも考えられる。

「IM-101」は、“一本の線”と“ふたつの円”という、きわめてシンプルな図形を組み合わせた独特のデザインをもつ。「一筆書きのような、一本の金属から発想したい」とデザインされたとも聞く。まるでグラフィックデザインそのもののような明快さを備えたモデルだが、それまでの眼鏡のデザインとは異なる高いオリジナリティをもっている。それは独自のデザイン性を誇るイッセイ ミヤケのものづくりを体現し、バスキアの作風にも通じるだろう。

80年代にバスキアが愛用したこのサングラスは、いまでも手に入れることができる。同社は15年からアイウェアメーカーの老舗、金子眼鏡と共同で、イッセイ ミヤケ アイズというアイウェアブランドをスタートさせているが、そのブランドにおいて復刻されているのだ。

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「IM-101」復刻のきっかけとは?

実は「IM-101」の復活にも劇的なストーリーがある。17年の春、同社のデザインチームのひとりが、原宿のとあるギャラリーで開かれていた写真展に出かけていった。その写真展はスイス生まれの写真家ヘンリー・ルートワイラーの作品を集めたもので、タイトルは『DOCUMENT』(16年には同名の写真集も発行されている)。日本で彼の写真展が開かれるのはこれが初めて。ジェームス・ディーン愛用の財布やマイケル・ジャクソンが身に着けた手袋など、アメリカの歴史的人物の所持品の写真が飾られていた。その中の一枚にこのサングラスがあった。

写真の解説を見ると、「ジャン=ミシェル・バスキアの愛用品で、イッセイ ミヤケのもの」と書かれている。調べると確かに自社でデザインしていた「IM-101」と同じもので、前述のウォーホルが撮影したバスキアの写真まで発見することができた。このサングラスは過去につくられた作品ではあるが、現在や未来に通じるデザイン力をもっている。ぜひとも15年から始まったイッセイ ミヤケ アイズで復刻するべきとプロジェクトチームは考え、開発がスタートした。

復刻に際しては、可能な限りオリジナルのフォルムを忠実に再現しようと考えたという。しかし85年に製造されたモデルなので、設計データは社内にはほとんど残っていなかった。わずかな資料を元に試行錯誤を繰り返しながら、試作品づくりはスタートする。当時のメタル製サングラスの素材として想定できるのは、合金だった。その素材で試作品を製作すると、重くて、かけ心地もよくない。そこで、剛性と弾力性を兼ね備えたチタン素材をメインにしたフレームを採用することが決定した。デザインはそのままに、軽量化しながらも剛性を向上し、よりしなやかな仕上がりをもつ、完全にアップデートされた「IM-101」が完成する。30年以上のときを経て、名品がついに甦ったのだ。

「IM-101」はテンプル(眼鏡のツルの部分)やノーズパッドのデザインも独特だが、そのテンプルにはイッセイ ミヤケと金子眼鏡の共同開発の証として、両者のメーカーネームが刻印されている。2社の深い開発意欲と技術力によって完成したサングラスではないだろうか。シンプルを極めたその佇まいが力強いメッセージを放つ。バスキアが魅せられた理由も、ここにあるのではないだろうか。

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正面から見ると、“一本の線”と“ふたつの円”というシンプルな図形からデザインされたことがよくわかる。“一枚の布”から発想されるイッセイ ミヤケの服のデザインにも通じるものがある。

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フレームのカラーをブラックマットに仕上げた「IM-101」。プラスチックレンズはシルバーフレームと同じくブルーだが、印象は違って見える。¥58,300/イッセイ ミヤケ アイズ
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上・下:モデル名は「IM-102」。レンズ面を直線のフレームが横切るようにデザインされたモデル。レンズはリムレスのラウンドタイプで柔らかい印象を与える。プレス加工が施された1本のチタン製ブリッジのデザインも独特。中:モデル名は「IM-103」。「IM-102」同様、「IM-101」を継承したデザインだが、レンズをリムレスのスクエアタイプにして、ややハードな佇まいに仕上げている。各¥49,500/イッセイ ミヤケ アイズ

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バスキアが「IM-101」のサングラスをかけている写真。この写真を撮ったのは、アンディ・ウォーホル。撮影されたのは、86年ごろと言われている。© 2022 The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. / Licensed by Artists Rights Society (ARS), New York

問い合わせ先/ISSEY MIYAKE INC. ︎TEL:03-5454-1705

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