【対談】「良いタイトル」と「覚え違いタイトル」収集家がタイトルの"魔力"を探る

  • 構成・文:錦光山雅子
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タイトルって不思議です。

手に取りたくなるような香りを漂わせたり、逆に忌避したくなるような臭いを放ったり。ないならないでソワソワしたり。モノと分かち難く見えるのに、「記憶」のフィルターをくぐると、なぜか頬の緩むものに変換されていたり。

そのあたり、普段タイトルに関わる人たちはどう感じているのでしょうか。

「良いタイトル」の本だけを集めたネット書店「good title books」を営む倉成英俊さんと、うろ覚えや勘違いから生まれた「覚え違いタイトル集」を公開している福井県立図書館の司書、井藤久美さんに、タイトルにまつわる「風景」を語り合っていただきました。

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「良いタイトル」は、寺の掛け軸のような効能がある

まずは、2人の自己紹介から。

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倉成英俊(くらなりひでとし)
佐賀県出身。東京大学機械工学科卒、同大学院中退。2000年電通入社、広告の企画制作に携わる。個人活動(B面)を持つ電通社員56人で作る「電通Bチーム」を組織、広告のスキルを拡大応用したプロジェクトを展開。2020年プロジェクト創出専門会社「Creative Project Base」を起業。2022年4月、「良いタイトル」の本だけを扱うネット書店「good titile books」を開始。

倉成:僕はクリエーティブ・プロジェクト・ベースという、プロジェクト専門の会社を1人でやってます。友達の小さな会社から大企業、政府まで様々な取り組みにかかわっていますが、面白いと思ったら、1人で始めることもあります。

例えばこの本棚。

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提供:クリエイティブ・プロジェクト・ベース

もともと建築家の友達に、うちの会社用に作ってもらったものですが、こういう本棚がオフィスにあったら、リモートワークに慣れて会社に行く意味を感じられなくなった若い人たちも行くんじゃないか、市役所などのパブリックスペースに置けば人の流れが変わるんじゃないか、と思って、販売も始めています。

「good title books」も自分で始めたプロジェクトです。

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提供:クリエイティブ・プロジェクト・ベース

コピーライターをしていたころから「良いタイトルだ」と思って集めてきた本が、500冊ほどになりまして、いま週1冊ほどのペースで紹介しながら販売しています。

『だめといわれてひっこむな』『しんでしまうとはなにごとだ!』『BとIとRとD』『僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう』『人の逆をいく法』……。店で扱う本のタイトルは、確かに何かを放っています。

倉成:『人の逆をいく法』はリコーの創業者・市村清の著作です。市村さんの本って全部タイトルがいいんですよ。この本は4冊持っていたんですが、1冊1万円での販売にもかかわらず1日で完売してしまいました。

良い装丁の本がインテリアとして使われるように、良いタイトルにはお寺の禅語の掛け軸のような効能がある、と思います。勇気やインスピレーション、時には人生の指針をもらうことだってある。紹介する本は内容も良いものです。だから書評も自分で書いて、相当のエネルギーを費していますが(笑)、面白いからやってます。

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提供:クリエイティブ・プロジェクト・ベース

倉成:福井県立図書館の「覚え違いタイトル集」のサイトも、Twitterで話題になる前だったか、調べものをしていたときに検索でたどり着きまして、「面白いものを発見してしまった」と、時たま思い出しては眺めておりました。チャーミングな事例がまた一つ生まれてきたぞ、と思って。

井藤:ありがとうございます。

井藤さんは、図書館司書歴25年のベテランで、福井県立図書館が2007年からホームページで公開している「覚え違いタイトル集」の4代目更新担当者です。1000を超す「覚え違いタイトル」から90の事例を厳選し、昨年10月『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』(講談社)が出版されました。

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井藤久美(いとうくみ)
大阪府出身。大学で司書資格を取得し、1996年福井県で採用。以後、福井県立図書館や福井県立大学附属図書館で勤務。現在、レファレンスのほかに、市町立図書館への支援業務や福井県立図書館ホームページの管理などを担当。

井藤:図書館は本の貸し出しの業務のほかに、利用者が探している情報に行きつくためのお手伝いをする「レファレンス」という業務もしています。うちの図書館はレファレンス専用のカウンターを設けていて、司書が交代で利用者の質問を受け、関連資料や書籍を探し出すサポートをしています。利用者が探している本を見つけるのも、レファレンスの一つです。

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提供:福井県立図書館

井藤:難しい質問ほど司書としての経験値は高まりますが、個人だけでは限界もあります。福井県立図書館全体で司書ひとりひとりのレファレンス能力を高めようと、どんな問い合わせにどう対応したのか、レファレンスの主な事例を記録し、司書の間で共有していました。その一環で、「覚え違いタイトル集」の事例も、利用者がどのように覚え間違えるのか傾向をつかむためにエクセルで記録をつけ始めました。

インターネットが普及すると、うちの図書館のホームページや全国の図書館とつくる「レファレンス協同データベース」にも、レファレンス事例が公開されるようになりました。ただ、なかなか認知が広がらないという課題がありました。

当時、レファレンス事例のサイト更新を担当していた宮川という司書(覚え違いタイトル集の初代担当者)が、館長からこの業務がもっと知られる取り組みをしてほしいと言われたそうです。司書がどれほど真面目に調べた結果でも、利用者が見てくれなければやってないのと同じなのではないか、と。それがきっかけとなり「覚え違いタイトル集」を図書館のホームページで公開することになりました。

頭を悩ませていたある日、例のExcelファイルを開いていました。
「『渋谷に朝帰り』→『渋谷に里帰り』」
「池波遼太郎→司馬遼太郎もしくは池波正太郎」
「『ぶるる』→『るるぶ』」
……これ、おもっしぇー!(福井弁で「おもしろい!」)

『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』より抜粋

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本質、願い、ビジョン、戦略。名前に込められるもの

電通時代にコピーライターもしていた倉成さんは、昔からモノやコトに名前をつけてきました。どうやって名づけるのか、聞いてみました。

倉成:名づけ方って、大きく分けて二つあると思うんです。

一つ目は名づける側の願いやビジョン、戦略が込められているタイプ。子供の名づけでいうと「こういう子供に育ってほしい」という思いを名前に込めるイメージです。例えば僕の本『「伝説の授業」採集』(8/9発売予定)というタイトルは、若干戦略的と言えると思います。植物や昆虫で使われる「採集」という言葉を、あえて授業にも使うことで、受け手の好奇心がくすぐられるような感じにしているから。

二つ目は、そのモノが持つ「本質」や「特性」をそのまま伝えるタイプ。早稲田大学でいま担当している社会人向け連続講座のタイトル「逆塾」がこれに当てはまると思います。

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提供:クリエイティブ・プロジェクト・ベース

倉成:早稲田の「在野の精神」的な視点で、世の流れに逆行している取り組みや逆転の発想の事例を紹介する、講座のコンセプトをそのままポンと載せました。素材の味を活かす、刺身で出すようなイメージですね。予想を上回る申し込みをいただいたのは、タイトルのおかげだと思います。

ちなみに「覚え違いタイトル集」も、素晴らしい「逆転」の事例だと思います。「覚え違い」から、こんなに愛されるものが生まれてくるんですから。

井藤:ありがとうございます。昨年秋に出した本も、いま8万部を超えました。出版社のプロモーションのおかげでもありますが、まさかここまでとは思っていませんでした。

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提供:福井県立図書館

井藤:これまでも、いろんな出版社の方から書籍化のお話をいただいてきたんですが、今回の編集者さんほど、どんな本を作りたいかという目的を明確に言ってくださる方はいなかったので、待って待って待って、今回出版にこぎつけることができました。

本のタイトルは編集者さんがつけてくださったもので、私たちも現物が届くまでどんなタイトルなのか全然知らなかったんです。だから初めて見たときに「あら、びっくり!こういうタイトルになったの」って。でも私たちがタイトルづくりに関わらなかったのが、今回はよかったんじゃないかと思っています。

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脳が再編集した「覚え違いタイトル」

井藤さんは図書館のレファレンス業務で、書籍のタイトルや著者名などをもとに、利用者の探す本や情報にたどり着くためのお手伝いをしています。その様子はさながら「探偵」のようです。

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提供:福井県立図書館

井藤:まず、本を探す利用者さんからの情報をもとに「蔵書検索データベース」で調べ始めます。いただく情報は、書評記事の切り抜きから、うろ覚えのタイトル、「〇〇さんのなんとか」という大まかな内容までいろいろですが、まずはこの情報を手掛かりに探していきます。

データベースで出てこなかったら、いただいた情報から、タイトルに合致しそうな単語だけを抜き出し、全部ひらがなで、かつスペースで分割した上で検索していきます。

それでも見つからない場合、「この本をどこで知りましたか」「どんな内容でしたか」と、周辺の情報を尋ねながら情報を集めてGoogleで検索していきます。この一連のプロセスを「レファレンスインタビュー」と呼んでいます。

問い合わせを受けて探しているときはもう必死なんですけど、事例が50件ほど集まった頃だったでしょうか、休憩時間に司書の間で「今日こういうレファレンスの事例があったんだけど」「これ、すごくおもしろいよね」と言いあって、なごむようになりました。

「覚え違いタイトル」から日本語の面白さにも気づきました。例えば『中村屋のボース』が一文字だけの覚え違いで『中村屋の坊主』と、全然違うタイトルに変わってしまったり。『100万回生きたねこ』が『100万回死んだねこ』『100日後に死ぬワニ』のように、別の単語に置き換わっていたり。最初に見たタイトルが、脳の中でほかの情報と結びついて再編集されているような感じです。

横文字も「覚え違い」が多いものの一つです。ブレイディみかこさんの本は人気で、探される方も多いのですが「ブレイディ」という苗字がなかなか出てこなくて、「ブラッディなんとかさん」とか
「ブロンディーみかこ」とか尋ねてこられた方もいました。聞いたことがないタイトルや名前は、脳にスッと入っていかないのかな、と感じたこともあります。

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提供:福井県立図書館

倉成:井藤さんの話から、以前出した本のタイトルにまつわるエピソードを思い出しました。新しいアイデアの出し方を紹介する『電通Bチームの NEW CONCEPT採集』というForbesJAPANで長年行っている連載を書籍にすることになったとき、出版社の編集者から「このタイトルだと売れないと思います。『ニューコンセプト』という言葉も見慣れないし、『採集』も見慣れない言葉なので」と言われて、結局『大全』という、よく使われる単語にしたいと提案されたんですね。

ユニークさを出すためには、ありきたりでない単語をうまく使ってタイトルを作りたい。でも、井藤さんのおっしゃるように、あまりにもなじみのない単語だと、記憶に残らないかもしれない。そのあたりのバランスの取り方もいろいろだなあ、と。

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タイトルがもたらす偶然

井藤:今年に入ってから、うちの図書館で『覚え違いタイトル集』で紹介されていた所蔵本をすべて並べる特集コーナーを作ったんですね。そうしたら、予想以上にどんどん借りられるようになって、ちょっとびっくりしました。

倉成:『覚え違いタイトル集』に載っていたあの本が今、ここに並んでるじゃないか、借りようかなと思う気持ち、すごく分かります。面白いですね。本そのものは何も変わらないのに、出会い方が変わると読んでみたいという気持ちが生まれてくるようになるって。

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提供:福井県立図書館

倉成:話題から少しはずれますが、「Chapters bookstore」っていう、本を通じて人の出会いを作る面白いマッチングサービスがありますよね?書店の棚の1冊の本を同時に取ろうとした男女の手が触れあってーーという映画のシーンのような出会いをイメージして仕組みを作ったそうですが、これは本を媒介に、人と人の偶然の出会いを作っていますよね。

うちで扱っている本に『偶然仕掛け人』というイスラエルのSF小説があって、男女の出会いや歴史上の大発見という「偶然」が起きるよう仕掛ける職業の人たちが登場します。図書館の方々には及びませんが、僕も「良いタイトル」というチャンネルから、本と人が予想外の出会いをする「偶然」を作っているのかもしれない、と思うようになりました。

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「狙わない」からワクワクされる

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福井県立図書館の新しいキャラクター(提供:福井県立図書館)

井藤:先日、新聞の取材を受けた宮川が記者の方に言われたそうなんですが、『覚え違いタイトル集』に載っているのは、もともと「間違っている情報」なので、表に出ないまま捨てられてもおかしくないようなものだった、と。だけど、表に出したことで、多くの方々とつながり、図書館の役割への理解が広まって、私も「覚え違いタイトル集」のサイトの現担当者ということで、いろいろな方々とお話しする機会までいただきました。

倉成:福井県立図書館に限らず、ある組織の一部署の取り組みが多くの人をワクワクさせる話には、なにか共通するものがある気がします。リコー創業者の市村さんの著書に『そのものを狙うな』という本があるんですが、一つ挙げるなら「そのものを狙っていない」ということ。だって、最初からバズらせるつもりで「覚え違いタイトル」を集め始めたわけじゃないですよね。

井藤:そうですね、まったく狙ってませんでした(笑)。もともとは司書のレファレンスの経験値を上げるために記録が始まり、図書館のレファレンス業務を知ってもらうために専用ページで公開を始めましたが、当初は本当にひっそりと続けていた感じです。ネットで話題になるまでには、さらに2年ほどかかりましたし。

倉成:そういう作為のなさがファンを惹きつけていると思うんですね。図書館という公的機関の職員が、真面目に取り組んできたレファレンスという熱量高い仕事の履歴を、手間暇かけて記録保存してきた。それが15年後の今、多くのファンを生み、本も出るほどになっている。効率性から考えると「遠回り」ではあったけれど、ぐるっと回って成果につながっているという。

僕も、10年ほどかけて、古今東西の「伝説の授業」を70例ほど集めてきました。最初はどこに出すつもりもなく、面白いからというだけでコツコツやってきたのですが、たまたま話をした編集者が面白がってネットメディアで連載が決まり、そこで初めて蔵から出してきたようなものです。

料理の手順でいうなら、「覚え違いタイトル集」も「伝説の授業」も、長い間コトコトと「だし」を取り続けてきたようなものだったと思うんです。でも「だし」がしっかり出ているかどうかで、世に出たときに、どれだけ人の心が動くのか、に結びつくのかなと。

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「記憶」から「記録」の過渡期

あるのが当たり前の「タイトル」の眺め方を少しだけ変えると、異なる意味や景色が見えてきました。最後に、倉成さんと井藤さんに締めくくっていただきましょう。

倉成:情報のチャンネルがかなり増えた今でも、人とモノが最初に触れ合うポイントって、やはり名前なんですよね。

商品やサービスの名前を一生懸命考える人は多いですが、講演会や研修、イベントの名前になると、なぜかステレオタイプに陥ってしまうことが少なくなくて、せっかくのものをつまらなくさせてしまっているなあ、と思います。

僕も1年に50〜60回ほどの講演や研修をやってますが、タイトルづけはエッジの立つものを考えるようにしています。全国ICT教育首長協議会という団体の会合でアクティブラーニングに関するセッションをしたときには、こんなタイトルをつけました。

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提供:クリエイティブ・プロジェクト・ベース

倉成:サブタイトルの「主体的で対話的な深い学び」、これはアクティブラーニングの訳として文科省が決めた言葉なんですが、海外から輸入した概念を日本の学びにそのまま当てはめようとしている大人たちこそ、主体的で対話的で深い学びをしているのか?という意味を込めました。まずタイトルを見て、皆さんの胸からグサっと音がして、その後身を乗り出して、聴いてくれました。

そのモノ・コトの本質が最初にどれだけ相手に伝わるかで、その後のコミュニケーションもガラッと変わりうる。そんな経験をしてきたので、名づけにもっとエネルギーを費した方がいいと思うし、そのための実践を、いろんな人とできたらいいな、と思っています。

井藤:名前がそのモノを表すメッセージなんだというお話、確かに利用者も、本を探す際はタイトルをまず口にされる方が多いな、と思いました。メモなり切り抜きなりを持ってきてくだされば、探し出すのにお待たせしないとはいえ、そういう方々がいらっしゃるからこそ、この本が生まれたわけで、だから実は図書館にとってもありがたい存在なのだ、と考えるようになりました。

若い世代だと、スマホで撮影した本の画像を持ち込む方も増えてきました。この方法が普及すれば「覚え違いタイトル」の新たな事例は減ってくるかもしれません。そう考えると、この本も「覚える」から「記録する」への過渡期だからこそ生まれたものかもしれないな、と思っています。