中国に「平伏する」ハリウッドで、『トップガン』が反撃の狼煙を上げる

  • 文:山田敏弘

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ジャケットのワッペンが変わっていた 「スパイチャンネル~山田敏弘」より

<予告編ではトム・クルーズが着用するジャケットに「中国の顔色伺い」が表れていたが、本編では「ハリウッドの中国離れ」とも見られる兆候が>

5月27日に公開になった映画『トップガン マーヴェリック』が大ヒットを記録している。

1986年にアメリカで製作された第一作目の『トップガン』は、36年にわたって続編が待たれてきた。続編の製作は、2016年頃から本格的に動き始めたと見られ、2017年6月に主演のトム・クルーズが映画のタイトルは『トップガン マーヴェリック』になると初めて認めている。

もともとこの作品は2019年に公開される予定だったが、紆余曲折があった。制作自体が遅れて2020年6月に公開が延期されると、今度は新型コロナウイルス感染症の蔓延で、映画を映画館で上映できる状況ではなくなった。一旦は2021年公開に延期されたが、結局、2022年5月にやっと上映が始まった。

そんな『トップガン マーヴェリック』だが、今回、上映に際して話題になった話の一つに、劇中でトム・クルーズが着用するフライトジャケットがある。そこに中国の影がちらついていたからだ。

実はこの映画の最初のトレーラー(予告編)が2019年に発表されたとき、第一作目で主演のトム・クルーズが着用していたフライトジャケットにつけられていた日本と台湾の旗のワッペンが、なぜかよくわからないワッペンに差し代わっていたとして話題になった。

その理由として、中国の存在があると指摘されたのである。というのも、中国の大手IT企業のテンセントがこの作品に投資することを2019年に発表していたからだ。米ウォールストリート・ジャーナルによれば、「テンセントの幹部らは、米軍を賞賛しているこの映画に関わることで、中国共産党高官らがこの映画に怒る可能性があると考えて、資金援助から手を引いた」という。

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ますます強まる中国の影響力

もちろん、中国資本からの投資や、中国で映画公開をする際の中国市場の大きさ(世界最大)を考えれば、ビジネスとして中国に忖度するのは当然とも言える。それでも「節操がない」という批判を受けるのは仕方がないだろう。

この例を見るまでもなく、中国のハリウッドに対する影響力はますます強くなっているようだ。

振り返ると、いまも語り継がれているケースがある。1997年に公開されたハリウッド映画『セブン・イヤーズ・イン・チベット』の上映後から、主演のブラッド・ピットの映画は中国で何年も上映できなくなっていたという。その後、中国が経済成長するにつれ、そうした「弾圧」は強くなってきた。しかも映画に関連する商品なども禁止するようになった。

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中国が「悪者」の映画はハリウッドでは作られない

CNNなどによれば、2012年に公開された戦争映画『レッド・ドーン』は、もともとも中国がアメリカに侵攻するという話だったが、中国側がかなりの不快感を示したことで、制作側が国旗など大変な編集を行い、中国を北朝鮮に変更した。

そんなことから、『Red Carpet: Hollywood, China, and the Global Battle for Cultural Supremacy(レッドカーペット:ハリウッド、中国、文化的優位をめぐる世界的な戦い)』という著作がある記者のエリック・シュワルズリは「中国が『悪者』というイメージの映画はハリウッドでは作られていない」と指摘している。

世界第2の経済大国として巨大な市場をもつ中国に、完全にハリウッドはひれ伏してきた。だが、米海軍の有能なパイロットたち<トップガン>が競い合う「トップガン」最新作は、中国では上映されない。それでも、商業的にも文化的にも世界的な成功を収めているトップガン最新作が、この中国による「検閲」の流れを変えるきっかけになるかもしれない。

スパイチャンネル~山田敏弘」では、『トップガン マーヴェリック』から見るハリウッドと中国の関係などについて、さらに深堀りしている。

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山田敏弘

国際情勢アナリスト、国際ジャーナリスト、日本大学客員研究員。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版、MIT(マサチューセッツ工科大学)フルブライトフェローを経てフリーに。クーリエ・ジャポンITメディア・ビジネスオンライン、ニューズウィーク日本版、Forbes JAPANなどのサイトでコラム連載中。著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』、『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』、『CIAスパイ養成官』、『サイバー戦争の今』、『世界のスパイから喰いモノにされる日本』、『死体格差 異状死17万人の衝撃』。最新刊は『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』。
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※この記事はNewsweek 日本版からの転載です。

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