清水寺から紡がれる“時間”に込められたストーリー。 映像作家・柿本ケンサクの写真展『TIME』の見どころに迫る

  • 文:野村優歩
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展覧会のタイトルにもなっている新作『TIME』シリーズの1つである「Sombrero Galaxy M104」

映像作家として著名なアーティストのMVや話題の映画作品も手掛ける柿本ケンサクが、京都の清水寺で『柿本ケンサク写真展 ーTIMEー 音羽山清水寺』を開催する。アートや写真、舞踏、音楽イベントなど、あらゆる表現を通して祈りの場を創出していくプロジェクト「FEEL KIYOMIZUDERA」の一環として行われる本展。そこに込められた想いを柿本に聞いた。

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柿本ケンサク●2005年に⻑編映画『COLORS』を制作し、映像作家として活動を本格的に始動。これまで数多くの映画やMV、CMなどを手掛け、昨年公開された長編映画「恋する寄生虫」は業界内で大きな賞賛を獲得。さらに今年8月に配信予定となるWOWOWオリジナルドラマの『ワンナイト・モーニング』では監督・撮影を務める。また写真家としても精力的な活動を行なっており、昨年9月に渋谷パルコ地下1階『GALLERY X』で展覧会『時をかける』を開催するなど、映像・写真という境界を越えた活動を広げている。

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清水寺から受けた「2つのリクエスト」とは?

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『柿本ケンサク写真展 ーTIMEー 音羽山清水寺』展示イメージ

1200年という歳月を経ても変わらず京都のシンボルであり続ける清水寺。その場所を舞台にした展示を行うことになった柿本ケンサクは、写真・映像の両軸から常に新たな表現方法を模索してきた人物である。変化という点において対極にいるかのように思えるが、柿本は今回の展示にどのようにアプローチしていったのだろうか。

「僕自身はこれまで京都とあまり関わりがなかったので、まずは自分と清水寺の接点を探すことから始めました。1年以上の時間をかけて何度も京都を訪れ、住職の大西英玄さんと会話をさせてもらう機会も沢山いただき、結果的にとても意味のある時間を過ごすことができました。それは当初、目的としていた自分との接点を見つけるだけでなく、瞬く間に清水寺の不思議な魅力に惹かれていく自分を発見できたんです」

以前「見えないものを形にしていくことこそが表現」と語り、抽象的な事象の具現化を自身の表現の根幹としていた柿本が共鳴したのは、まさに清水寺が目指すものと自身の表現活動のつながりだった。

「英玄さんから清水寺は『衆生に開かれた寺』であるというお話をお伺いしたときに、その懐の深さにまず感動したんです。“信心深くあれ”とする宗派や仏閣が多い中で、大衆に祈りという概念の根本を伝えようとした姿勢がとても寛大に思えたし、いまの時代にも通じる想いとして共感できた。また、今回の作品に対して、英玄さんから二つだけお題をいただいたんです。それは“伝えきれないもの”と“答えを限定しないもの”であること。これらは作品を観る人への余白を残すという意味はもちろん、清水寺が広く開かれた寺院であることの理由にもなっていると思いました。自分自身がこれまでに一貫して行ってきた表現とリンクし、創作する意味があるなと感じたんです」

清水寺と自身の接点から親和性のあるテーマを導き出した柿本は、限りなく抽象的である展覧会のタイトル『TIME』に、「永久の時の中で、 いまこの一瞬を生きている」というメッセージを込めた。

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清水寺の西門で行われた「止まった光を動かす」ための撮影

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清水寺・西門での撮影風景

今回の展覧会では、大宇宙を数千万年旅した光や時間を一枚のフィルムに閉じ込めた『TIME』や清水寺のご本尊 「十一面千手観音菩薩」をモチーフとする『KAN-NON』などの新シリーズが展示される。

これらの作品の特徴は、既存の写真や東京で撮影した写真を、再度清水寺の西門から差し込む夕陽を注ぎ込んで撮影した点だ。

美しい夕日を拝むことができる西門は、仏教修行の1つである「日想観」の聖地でもある。仏教の理想郷である極楽浄土は西方にあると言われるが、日想観は西の空に沈む夕暮れの太陽を見つめながら、極楽浄土を想うだけでお釈迦さまの教えを体感できるというシンプルな修行法。とくに知識や経験を必要としないことから、やがて僧侶だけでなく一般大衆にも広がっていた。

「一般の人までもがこの西門の美しい夕陽を見て、極楽浄土を想っていた。現在の僕らは情報の滝の中で暮らしていて、ささいなことに目を向けづらくなっています。そう考えると、当時生きていた人々は我々よりも宇宙や星の動き、陽や方角と向き合って、1日の流れを体感しながら生きていたのではないかと思ったんです」

そうしたダイナミズムに惹かれて「ここをスタジオにしよう」と思い立った柿本は、古来から誰にも平等に与えられる光を照明にして、作品をつくることにした。

TIME 「Sextans A」© Kensaku Kakimoto、天体画像提供:国立天文台.jpeg
TIME 「Crab Nebula M1」© Kensaku Kakimoto、天体画像提供:国立天文台.jpeg
大宇宙を数千万年旅した光や時間を一枚のフィルムに閉じ込めた新シリーズであり、本展のタイトル作品ともなる『TIME』。『Sky Tunnel』シリーズと合わせて、今後NFTアートとして展開される予定だという。左: TIME 「Sextans A」、右:TIME 「Crab Nebula M1」© Kensaku Kakimoto、天体画像提供:国立天文台

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『TIME』の撮影風景。西門から覗く圧巻の景色を、柿本は「まるでファインダーをのぞいているかのような画角。極めて写真的な感覚だった」と語った。

展覧会のタイトルにもなっている『TIME』シリーズは、国立天文台の天体写真に西門の夕陽を通して撮影した。

「人間の歴史でいえば清水寺の1200年は長いですが、宇宙全体からしたら一瞬のこと。では、いま現存する写真の中で一番時間がこもっているのは何かと考えると、それは天体写真でした。今回モチーフにした写真に写る天体は地球から約2930万光年離れているので、言ってしまえばおよそ紀元前2930万年前の景色。西門の西日を通して再撮することで、止まった時を動かすことになることになるのではないかと思ったのです」

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清水寺のご本尊 「十一面千手観音菩薩」をモチーフとする新シリーズ『KAN-NON』。こちらの作品も、清水寺の西門に注ぎ込む極楽浄土を表す夕陽をあらかじめ撮影した写真に透かし、再び撮影することで作品を完成させている。KAN-NON 「瞋怒面B」© Kensaku Kakimoto

作品制作の段階から、清水寺の地をを存分に活かした今回の展覧会。最後に、その見どころについて語ってもらった。

「過去に世界中を巡りながらランドスケープ写真を撮っていた頃にも感じていた、“一枚の写真に写る景色は一瞬の光景ではなく、何百年もかけて文化や人が構築してきた賜物である”ということ。そうした哲学的な時間の概念を皆さんの視点から見ていただきたいですし、清水寺という場所から紡がれるさまざまなストーリーを感じてほしいです。寺院での展示ということで、来場者は参拝者の方がほとんどであろうとも予想しているので、当然景観を損なうことなく、ただし存在感をしっかりと発揮できるような展示方法を意識しました。西門の展示はとくにインパクトのある空間になっていると思いますし、普段は非公開となっている成就院でも作品を見ていただけるので、楽しめる要素が沢山あると思います」

Sky Tunnel「Sky Tunnel 032」© Kensaku Kakimoto.jpg
Sky Tunnel「Sky Tunnel 047」© Kensaku Kakimoto.jpg

昨年開催された写真展『TRANSFORMATION』で初披露されたAI現像シリーズ『Time Tunnel』をさらに発展させた新シリーズ『Sky Tunnel』も展示。いずれもひとつの写真作品を50分割にしたトリミング写真であり、作品名につけられた数字はその位置を示すナンバー。左:「Sky Tunnel 032」 右:「Sky Tunnel 047」 © Kensaku Kakimoto

【柿本ケンサク写真展 ーTIMEー 音羽山清水寺 】

会期:2022年6月25日(土)~7⽉10日(日)

会場:音羽山清水寺(西門、経堂、成就院)

京都府京都市東山区清水1-294

時間:10時~17時30分 ※7月1日以降は18時まで

料金:無料 ※成就院は特別拝観料が別途必要(大人600円/小・中学生300円)

https://feel.kiyomizudera.or.jp/project/1115