映画『ベイビー・ブローカー』のあらすじと見どころ。是枝裕和監督が韓国を舞台に描く、命の意味を問うロードムービー

  • 文:上村真徹
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『万引き家族』の是枝裕和監督が初めて手がけた韓国映画で、主演のソン・ガンホがカンヌ国際映画祭男優賞を受賞した『ベイビー・ブローカー』のあらすじと見どころを紹介する。

【あらすじ】“赤ちゃんポスト”を通じて思いがけず出会った5人が旅に出る

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借金にあえぐサンヒョン(左)とその相棒ドンス(右)は、ベイビー・ボックスに預けられた赤ん坊の横流しで金を稼ぐ。© 2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED

2013年の『そして父になる』でカンヌ国際映画祭審査委員賞、2018年の『万引き家族』で同パルムドールを受賞した是枝裕和監督。国際的に評価される日本の名匠が、子どもを育てられない人が匿名で赤ちゃんを置いていく「ベイビー・ボックス(赤ちゃんポスト)」をテーマとした初の韓国映画『ベイビー・ブローカー』が6月24日から劇場公開される。

古びたクリーニング店を営みながら借金に追われるサンヒョン(ソン・ガンホ)と、ベイビー・ボックスがある施設で働く児童養護施設出身のドンス(カン・ドンウォン)。2人はベイビー・ボックスに預けられた赤ん坊をこっそり売り飛ばす「ベイビー・ブローカー」という裏稼業に手を染めていた。

ある夜も2人は、若い女ソヨン(イ・ジウン)がベイビー・ボックスに預けた赤ん坊を連れ去るが、翌日思い直して戻ってきたソヨンに犯行を気づかれてしまう。警察に通報されそうになった2人は「養父母を探すために引き取った」と言い訳し、その成り行きから3人で養父母探しの旅に出ることに。一方、サンヒョンとドンスを検挙するためずっと尾行していたスジン刑事(ぺ・ドゥナ)と後輩のイ刑事(イ・ジュヨン)は、決定的な証拠をつかみ現行犯で逮捕しようと彼らの後を追う。

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【キャスト&スタッフ】是枝裕和監督が長年温めた企画を韓国を代表する俳優たちと映画化

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刑事のスジン(左)とイ(右)は、幾晩にもわたる張り込みもいとわず追跡を続ける。© 2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED

本作の原点は、是枝監督が映画祭でキャストたちと顔を合わせた約6年前までさかのぼる。ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、そして自作の『空気人形』に主演したペ・ドゥナたちと会話を重ねるうちに、「一緒に映画を作ろう」と意気投合。そして作品の構想を練る中で、もともと関心を抱いていた日本の「赤ちゃんポスト」と同じような「ベイビー・ボックス」が韓国にもあり、社会的議論が盛んなことを知った。是枝監督は何度も韓国に訪問して取材を重ねながら、リアルなストーリーを創作。韓国人の俳優やスタッフと共にオール韓国ロケで製作し、現実社会に根差した感性を映像に刻み込んでいる。

捨てられた赤ん坊の引き取り手を探す“善意のブローカー”を自称するサンヒョンを演じるのは、韓国を代表する名優ソン・ガンホ。是枝監督が彼を念頭に置いて脚本を執筆しただけあって、はまり役というべき人間的なキャラクターを演じ、韓国人俳優初のカンヌ国際映画祭男優賞に輝いた。そして児童養護施設出身の相棒ドンスに扮するカン・ドンウォンが、ソン・ガンホと12年ぶりの競演とは思えないほど息の合った演技を披露。親に捨てられる心の痛みを知るドンスの胸中を、深い眼差しで繊細に体現している。

そんな2人と共に赤ちゃんの養父母探しの旅に出る母ソヨン役は、ドラマ『マイ・ディア・ミスター ~私のおじさん~』で俳優としても評価を得たシンガーソングライターのイ・ジウン。さらに、ブローカーたちの後を追う刑事に扮するペ・ドゥナとドラマ『梨泰院クラス』のイ・ジュヨンも交え、幅広い世代と多彩な個性をもつ名優たちによる化学反応を魅せる。

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【見どころ】この世に生まれた尊い命を肯定する疑似家族の物語

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赤ん坊の母ソヨン(左)と養父母を探す旅に出たサンヒョンとドンスは、彼女と絆を育むううちに心の中に変化が芽生えていく。© 2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED

これまで是枝監督は、作品ごとに現実の社会問題に根差したテーマを選び、社会の片隅で見過ごされがちな弱者を鋭くも温かい視線で描いてきた。そして今回は、現地取材でベイビー・ボックス出身の子たちが抱える「自分は生まれてきてよかったのか」という葛藤と向き合い、「彼らの問いに答えられる作品にしなければいけないという思いが膨らんだ」という。その答えとして、ベイビー・ボックスに預けられた赤ん坊をモノのように売ろうとしていたブローカーたちと、“母”になることを選ばなかった女性たちが、旅を通して遂げていくそれぞれの変化を並行して描写。「この世に生まれなければよかった命など存在しない」という是枝監督のまっすぐな思いが温かく伝わるストーリーに仕上がっている。

また本作は、ベイビー・ボックスを通じて出会った5人が、それぞれに思惑を抱えつつ赤ちゃんの養父母を探すうちに“家族”のような関係性を紡いでいく過程も見どころ。物語の最初から順に撮影することで、俳優たちが実際に旅を通して感情を積み重ね、自然とお互いを家族のように感じられるようになったという。まったく異なる価値観をもつ者同士が理解し合いながら絆を育んでいく姿への眼差しは、『万引き家族』でも疑似家族をテーマに描いた是枝監督の真骨頂。自然光を用いた温もりの漂う映像と相まって、一縷の希望を感じずにいられない。

本作を「まっすぐに命と向き合い、登場人物の姿を借りて、自分の声をまっすぐに届けようと思った作品」と語る是枝監督。その人間愛あふれる祈りと願いに、韓国を代表する俳優たちが共鳴したロードムービーは、見届けた誰もが心を揺さぶられることだろう。

『ベイビー・ブローカー』

監督/是枝裕和
出演/ソン・ガンホ、カン・ドンウォンほか 2022年 韓国映画
2時間10分 6月24日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

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