プーチンには専属PRチームが存在する⁈ 『シン・ウルトラマン』から考える、外交と写真の意外な関係

  • 文:速水健朗

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話題沸騰中の映画『シン・ウルトラマン』が最高傑作だった。ちなみに今作を特集しているPen最新号は書店でも在庫品薄らしい。

『シン・ゴジラ』は、大規模災害への社会の対応を描く映画だった。一方、『シン・ウルトラマン』は、侵略に対する日本社会の対応を描いている。

エネルギー資源にまっしぐらに押し寄せてくる怪獣(渦威獣)たち。どうせターゲットにするのなら油田やパイプラインやシェールガスの採掘現場を持つ国々に行けばいいのにと思うが、そういう問題ではないのだろう。むしろ、エネルギーが貧弱な国ゆえ狙ったのかもしれない。

怪獣たちとは別に、知性を持つ外星人たちが謀略を仕掛けてくる。怪獣(渦威獣)と星人(外星人)の二方面作戦、つまり破壊と謀略を同時に仕掛けてくる侵略である。もちろん、元々のウルトラシリーズで生みだされた設定でもあるが、ハイブリッドの度合いをより突き詰めることで、より現代的な侵略戦争のあり方を提示している。どっかで見たやつ。

この映画は、シリアスさと面白さが常に同居する。より前面に出るのは後者。外星人たちが正式な外交ルートに乗ってやってくるのも、とにかく可笑しい。

人気声優の津田健次郎によるザラブは、日本政府に条約の締結を要求し、大隈首相と握手している写真を撮らせる。もちろんそこには裏の意図、つまり謀略がある。だが、総理との写真撮影に意気揚々と挑んでくるあつかましさには、心を許しそうになる。また、山本耕史扮するメフィラスも同要に正式な外交ルートを守りながら侵略にくる。こちらも首相と会談を行い、記念撮影に応じている。さらにあつかましい。

外交は会談をしたり握手をしたり食事をしたりと、さまざまな手段を通して友好的な関係を確認し、互いの意思を深く確認する行為。つまり、外交は形式が8割。いや10割かもしれない。外交イベントのハイライトが記念撮影であるということがなによりの証拠だ。

外務省のホームページには、フォトギャラリーがある。各国の首脳と総理、外務大臣とが並ぶ記念写真が多数掲載されている。よく探せばザラブとメフィラスの写真も載っているかもしれない。www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/photo/index.html

外交と写真。戦後史の教科書の1ページ目に、マッカーサーとモーニングを着た昭和天皇が並んで写っている会見時の写真が載っているはずだ。「この写真が新聞の第一面を飾ると、日本人は自国の置かれた政治的現実を直感的に悟った」(『日本写真史(上)』鳥原学著 2013年 中央公論社)というように、2国間の関係は、1枚の写真によって広まった。身長差などは、本来、国家同士の関係とは無縁だが、人はメディアを通して余計な意図までも読み込んでしまうのだ。

写真と謀略の関係も古典的でありながら現代でもまだ有効な手法だ。プーチンが熊に乗った写真は、世界中でカレンダーとして発売された。幼稚じみた構図の写真を撮らせる。それだけで親しみをもつ層もいる一方、なにをしでかすかわからない恐ろしさも演出されている。彼には、専属のPRチームがいる。このPRチームの意図は、親しみと不穏さの両方を同時に打ち出すことだった(『プーチンの世界-「皇帝」になった工作員-』フィオナ・ヒル、クリフォード・G・ガディ著 2016年 新潮社)。情報戦における常套手段は、相手を疑心暗鬼に引き込むこと。明確に嘘とわかる情報より、曖昧さや解釈の余地がある情報を利用した方が効果があるようだ。

片方で友好的に記念写真を撮らせ、片方でニセウルトラマン(詳細は劇場で)を操る。それらを見守るメフィラス。ザラブとメフィラスも地球のメディアの有り様や人の心を深く理解しているようだ。怪獣と外星人、友好な態度と破壊、絶賛と懐疑論のハイブリッド。『シン・ウルトラマン』がヒットを続けている状況は、まさに現代の謀略そのものだ。

速水健朗

ライター、編集者

ラーメンやショッピングモールなどの歴史から現代の消費社会をなぞるなど、一風変わった文化論をなぞる著書が多い。おもな著書に『ラーメンと愛国』『1995年』『東京どこに住む?』『フード左翼とフード右翼』などがある。

速水健朗

ライター、編集者

ラーメンやショッピングモールなどの歴史から現代の消費社会をなぞるなど、一風変わった文化論をなぞる著書が多い。おもな著書に『ラーメンと愛国』『1995年』『東京どこに住む?』『フード左翼とフード右翼』などがある。