我が家が二拠点生活をする南房総には『安房手づくり醤油の会』なるものがあります。
入会すると、鴨川の芝山糀店から麹を購入することができ、それを自宅などで1年かけて発酵させた後、醤油を搾る時には搾り職人さんが樽のある場所に赴いてくれます。
醤油づくりをサポートするシステムです。
「1樽」で搾れる醤油は、約70リットル。
ひとりで気軽に始めるわけにはいかない量です。
それでもこの地域では、手づくり醤油をする人たちが確実に増えています。

『安房手づくり醤油の会』は2010年に発足し、現在は30樽ほどになっています。
1樽に何人もぶら下がっていますから、南房総地域では「知り合いの誰かが醤油をつくっている」といった程度には浸透しています。
〈安房手づくり醤油〉という地域文化として定着しつつある、道半ばの様相です。
醤油づくりが広がっているのには、理由があります。
それは、気軽ではない反面、いろいろと巻き込みながらつくるプロセスがあること。
そして何年も続けていると、飽きるどころかどんどん楽しくなっていくこと。
めんどくささと魅力が表裏一体、といったところでしょうか。
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【麹を発酵させる場所と手間が必要】
麹の温度の上がる場所に樽を置いて、天地返しをしながら1年間発酵させます。蓋をして密閉すると微生物が呼吸できないため、ガーゼのような布を被せます。
実は我が家では、南房総ではなく東京のリビングの端っこに置いています。手元に置いておかないと心配でね。天地返しをした日は家が醤油っぽい空気になりますが、醤油も家族だからしょうがない。美味しくできるかみんなが気にしています。

【搾りは1日がかりで人手が必要】
搾りの日は早朝から火を焚きます。1日かけてじっくり搾り、一部は生の醤油として贅沢に使い、保存用は大きな羽釜で加熱します。
人手がいるため、南房総と東京の友人知人に来てもらい、大いに力を借りています。
毎年来る仲間は手際もよく、新しく来る仲間にいろいろ伝授していきます。



ランチどきは、搾りフネのまわりでの動きがにぎやかです。
自分が食べたいものを、自分で好きにつくる。
なにしろ特別な日ですから。本当に搾りたての醤油だけは、搾りの日に居る人しか味わえません。




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【毎年、出来が違う】
これが怖いところです。
その年の天候や、世話の具合、置き場所などで味も色も変わるから。
搾りの前に緊張が止まらないのは、樽オーナーの宿命です。
何年もやっていると、搾りの仲間たちがボージョレ・ヌーヴォーのように出来の違いを楽しみ始めます。
さあどうだ?今年は美味しいか?ヘタか?と待ち構えているんだからタチが悪い。
ちょっと出来が悪い方がやんややんやと盛り上がる有り様です。

うちの樽は先週末に搾りましたが、今年の出来は「スッキリ味」。去年の冷夏が味に反映しているみたいで、豆の風味は抑えめ。雑味はなし。色も若干明るい気がします。
去年はコクのある味わいだったので、食卓ではべ比べています。

【自分では絶対使い切れない量だから、シェアして楽しむ】
フネで搾る最小単位が1樽、できる醤油は約70リットル。
どう頑張ったって自家消費しきれません。
つまり、醤油を搾るということは、同じ樽をシェアする仲間がいるということ。
友達同士や地域でシェアする人たちが多い中、我が家は一家で1樽です。自家用、おみやげ用などでとっておく他は、SNSなどで知人友人に「馬場醤油いるひと~」と呼びかけて「はーい」と応じてきた方と物々交換をします。
これがもう、本当にいろいろなものと交換されるのです。
パン、ベーコン、お酒、木彫りの食器、スイーツ、美術館のチケット、果物・・・素人醤油でも面白がって交換してくれる人たちがいるおかげで、相手の顔を思い浮かべて過ごす日々が手に入ります。

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どこでも手に入る調味料なのに、わざわざみんなで寄り集まって醤油を搾り、あーでもないこーでもないと勝手なことを言い合う。そしてこのささやかな祝祭を楽しむために、1年間がんばって仕込む。糀店、搾り職人さん、樽オーナー、搾りの仲間たちが互いに感謝し合う。
〈安房手づくり醤油〉は、そうして地域暮らしの幸せを底上げしています。
もし南房総にご縁がありましたら気にしてみてください。
12月から4月にかけての週末はいつもどこかで搾っていて、その後いろんな味の<安房手づくり醤油>が地域で楽しまれていますから。