3月24日、東京・上野で開催中のクラシック音楽祭「東京・春・音楽祭2022」にてファッション史、音楽史において、もしかしたら記念碑になるかもしれない新曲が初演された。その曲とは、人気若手バイオリニスト成田達輝委嘱による、吉田文作曲バイオリン独奏のための『ドレープ』だ。なんとこの曲の着想源は、独自のクリエイティビティでモード界に独自の位置を築くブランド、リック・オウエンスだという。
ファッションとクラシック音楽の歴史を振り返ると、ガブリエル・シャネルが現代音楽を切り開いた大作曲家イゴール・ストラヴィンスキーのパトロンだったことが思い出される。しかし、ストラヴィンスキーがシャネルスーツから想を得て作曲したわけではない。シャネルはあくまで経済的なサポーターだ。さて『ドレープ』は奇しくも、当時シャネルと並ぶ大クチュリエだったマドレーヌ・ヴィオネを敬愛するリック・オウエンスのデザインからインスパイアされたバイオリン曲。ファッションと音楽はどう交わっているのか?
曲は、現代音楽らしく不協和な響きの中に、繊細と不安が覗かせる。ドレープは布上に起点が必要なように、この曲も「ソ#」を起点として音が広がる。技巧的なパッセージ、擦るような弦の音、野性的なピチカート(指で弦を弾く奏法)などの楽器の音の上に、奏者・成田の吐息、ハミングなどの声が時に繊細に、時に獰猛に重なる。ドレープのレイヤリングのように繊細で、その繊細と相対するレザーや加工素材、メタルなどのブルータルなリック・オウエンスの要素を感じさせるものだ。
新曲が生み出された経緯は、成田が吉田の室内オペラ「Skyggen」を気に入り作曲を依頼。吉田は、成田とのコミュニケーションの中で「リック・オウエンスが好き」というコメントに引っ掛かり作曲に至ったという。
「YouTubeでランウェイを観ていて、リック・オウエンスに興味をもちました。お店で服を見たら、着てみるまでどうなっているかわからない。また、デザインはジェンダーを超えていて、リックのボーダレスなマインドに共感したんです。音楽も同じで、想像力にリミットはないし、国も言語も性別もない。僕は音楽家として、歴史上の偉大な作曲家と、現代の作曲家をミックスしてボーダレスに活動していきたいと思っています。リックのようなフリーなマインドの人がつくっている服なら欲しい、とのめりこんでいきました」と、成田はリックの魅力を話す。
成田は当日、リック・オウエンスのレザースーツに身を包み演奏。アンダーグラウンドな雰囲気と、クラシック音楽というエレガンスが融合した時間は、リックらしいクリエイティブな時だろう。

吉田はこれまでにもファッションからインスパイアされ、タイトルにファッション用語を用いた作品を発表している。「私の作品は装いも重要で、たとえば真っ赤な服で『ドレープ』を演奏するとまた意味が異なります。成田さんが今日リックのレザースーツで弾いてくれたことで曲が完成しました。クラシカルなドレスに用いられるドレープを、現代服のデザインにしたというのがリックの特徴だと思う。彼の都会的なデザインとグラマラスなエッセンスは、成田さんのクラシックを現代で弾くという意味に近いのかなと考えています。ファッションから気軽に現代音楽を知る機会になったら」と話す。

ファッションは現代美術や音楽、映画など他の文化的要素からインスパイアされて新たなコレクションが発表されることが多い。エディ・スリマンとロック、ラフ・シモンズと現代アート、トム・フォードと映画など。ファッションからまったく新たな創造物が生まれることは少ない印象だ。
マルタン・マルジェラがファッションはファインアートではないが、応用美術ではある旨を発言していた。今回の公演は限られたファッションデザイナーの衣服はファインアートに昇華しうる可能性が秘められていると感じさせられたひと時だった。

東京・春・音楽祭2022
期間:3月18日~4月19日
会場:東京文化会館、東京藝術大学奏楽堂(大学構内)、旧東京音楽学校奏楽堂、飛行船シアター(旧上野学園石橋メモリアルホール)、国立科学博物館、東京国立博物館、東京都美術館、上野の森美術館、など
https://www.tokyo-harusai.com