写真家・野村佐紀子×作家・田中慎弥。「創作」にまつわる考え方を語る(下関市立美術館にて)

  • 文・写真:Pen編集部

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下関市出身の作家・田中慎弥と写真家・野村佐紀子。二人の出会いは、野村が撮影を行うPen本誌連載「創造の挑戦者たち。」の撮影時だった。

写真家の野村佐紀子が、故郷の山口県下関市で開催中の展覧会「海」。去る3月5日、展覧会会場の下関市立美術館にて同郷の芥川賞作家、田中慎弥を招いてトークショーを行った。

本展覧会は、野村の活動初期から現在に至るまで、30年以上もの間の作品を約150点展示。野村が育った海に面した街、下関市綾羅木の情景を捉えた写真をはじめ、代名詞ともいえる男性ヌードや、“美しさと痛み”“生と死”を想像させる供花が展示される。野村の写真展を数多く手掛けてきた藤木洋介がゲスト・キュレーターを務め、長辺3mを超える大画面から鑑賞者との距離を縮める親密なサイズのものまで、変化に富んだ構成となっている。

今回のトークショーから、「創作」に対する二人の共通点や違いが垣間見えた場面を中心に、その内容を一部紹介する。

野村佐紀子●1967年、山口県下関市生まれ。九州産業大学芸術学部写真学科卒業。91 年より荒木経惟 に師事。主に男性の裸体を中心とした湿度のある独特な作品世界を探究し続ける。93 年より東京を中心に国内外で精力的に個展、グループ展をおこなう。主な写真集に『裸 ノ時間』(平凡社)、『闇の音』(山口県立美術館)、『黒猫』(Taka Ishii Gallery)、『夜間飛行』(リトルモア)、『NUDE/A ROOM/FLOWERS』(MATCH and company)、『 TAMANO 』(libroarte)、『愛について』(ASAMI OKADA Publishing)、『春の運命』(Akiko Nagasawa Publishing)などがある。

田中慎弥●1972年、山口県下関市生生まれ。2005年に「冷たい水の羊」で新潮新人賞を受賞しデビュー。08年、「蛹」で川端康成文学賞、同年『切れた鎖』で三島由紀夫賞受賞。12年、「共喰い」で芥川賞受賞。19年、『ひよこ太陽』で泉鏡花文学賞受賞。他の作品に『宰相A』など。

モノクロ写真と“死”

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会場には40名ほどの聴衆が集まった。

今回の展覧会に合わせて発売された、野村の写真集『海 1967 2022 下関 東京』(リトルモア)に書き下ろしの短編小説を寄稿した田中。野村から田中へ50枚ほどの写真を送り、それを見たうえで執筆を行ったという。

「写真を元に小説を書くのは初めてでしたが、海というお題が与えられ、そこに野村さんの芸術作品もあったので、書きやすいと言えば書きやすかった。この写真に対してこれを書く、という決め打ちではなく、『50枚の写真を見た』という体験がまずあって、その結果として何が書けるのかを考えた。解釈というより印象をもとに書き始めました」と執筆の感想を話すが、一度は途中まで書いたものを、すべて捨てて書き直すという苦労もあったようだ。

「小説の長さは400字詰めの原稿用紙で10枚くらい。最初に4枚か5枚くらいまで書いたところで、これはダメだと思って捨てた。当初はもっと激しくバイオレンスなものを書いていたが、どうもうまくいかないなと。死や暗さを想起させる野村さんのモノクロ写真を意識しすぎたためだと思うが、それは飲み込まれているということでもある。そこに近づきすぎない方がいいと思い、いまの形に書き直した」

モノクロの写真について、「本当はよくないと思いながら、潜在意識として刷り込まれているのか、どうしても死を想起してしまう」と言う田中に対し、野村は「モノクロの黒い部分というのは“何もない”のではなく、あるのに私が“なしにしてしまっている”部分。そういう意味での怖さというのはあるかもしれない」と返した。

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下関の情景を切り取った野村の写真

撮り続ける、書き続けるということ

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長らく写真家、作家としてのキャリアを重ねてきたなかで、「創作に変化は生じてきたか?」という問いに対して野村は、「まったく変わらない」と答える。一方で田中は、「作家になって17年目だが、やはり初期と比べると変化は起こってると思う。でもそれが成長なのか、衰えなのかどうかはわからないし、完成度が高くなったねと言われたいけど、まだまだだねと言ってもらう方が幸せかもとも思う。とにかく一番重要なのは続けること。私は小説を書く以外にできることがないので、続けていくしかない」と答えた。

田中は2月5日に亡くなった作家の西村賢太についても触れ、「盟友だと思っていた。この1カ月、周りの風景が違って見える。50年近く生きてきて、こんなにどうしていいのかわからなくなったことはない、というほどの精神状態」と心情を吐露。「それでも締切は守るしかない。死ぬはずがないと思っていた人が死んでも、守るしかない。私は締切を守る作家でい続けなければならないと、この年齢で思っているところです」と、「西村賢太は破っていたけれど」と冗談を交えながら、決意を言葉にした。

そうした”喪失感”に対しての向き合い方について野村は、「私は書く人と違って、(被写体が)そこに全部あるので、ある意味、シャッターを押せばいいだけ。今回の展覧会でもポスターに使われたモデルのhirokiくんが亡くなったときにも、どうしようと思ったけれど、結果そうしました。撮るしかないし、撮ればいい」と語った。

作品にメッセージは必要か

イベント終盤では、聴衆からの質問にも回答した。そのなかで印象的だったのは、「作品とメッセージ」についての話。「最近、作品の中にメッセージがないとダメだ、という風潮や、わからないものに対する拒絶感というものが強くある気がする。それに対して、どう感じているか」という質問に対して野村は、「学生時代から、『メッセージがないとダメだ』『ちゃんと発言しなさい』と教えられてきたけど、正直よくわからない。写真を言葉にするなら撮らなくていいのに、と思ってたくらいなので。いまの世の中はそういう風潮なのかもしれないけど、メッセージは必要ないと思っています」と断言する。

田中は最近の作家のトレンドについて、「具体的なテーマを決めて、メッセージのある小説を書くという作家が増えているように思う」と分析する。それはそれでいいと思うとしながらも、「メッセージを込めて書かなくても、結果として意図しないメッセージが伝わっているというくらいじゃないとダメだろうと思う。100%作家の意図通りに読者に受け取られているような小説はダメなんだと思うし、そもそもそんな作家は作家として長くもたない。メッセージを届けたつもりがないのにどこかに届いてしまった、というくらいが理想で、メッセージを込めるにしろしないにしろ、作家の意図の外側にある小説が、いい小説なのではないでしょうか」と持論を語った。

<展覧会は3月27日まで開催中!>

【展覧会概要】

野村佐紀子写真展「海」

会期:2022年2月11日(金・祝)~3月27日(日)
開館時間:9時30分~17時(入館は16時30分まで)
会場:下関市立美術館
観覧料:一般¥1,200、大学生¥960(18歳以下無料)
http://www.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/bijutsu/2021/sn/