35年愛用した革靴が蘇り、スニーカーのような履き心地に。とある靴店の職人技に驚く

  • 写真&文:小暮昌弘

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修理が完了したJ.M.ウエストンの「ゴルフ」。J.M.ウエストンは1891創業。このゴルフは1955年に登場したモデル。足で稼ぐジャーナリストが愛用、「ジャーナリストシューズ」ともいわれた。

Pen Online「大人の名品図鑑」で、最新作の『フレンチ・ディスパッチ』を含め、映画監督ウェス・アンダーソンのことを書かせてもらった。『フレンチ・ディスパッチ』は、フランスで出版されている架空の雑誌の話だ。登場人物のひとり、編集長アーサー・ハウイッツァー・Jr(ビル・マーレイ)が履いていたのが、フランスの名靴J.M.ウエストンのローファー。「180 シグニチャー ローファー」と呼ばれる同ブランドを代表するモデルだ。この映画の衣裳を担当したのは、『炎のランナー』『バリー・リンドン』『マリー・アントワネット』などでよく知られた衣裳デザイナーのミレーナ・カノネロ。さすがのセレクトといえる。

私もローファーは昔から大好きで、バス、コール ハーン、セバゴ、オールデン、いろいろなローファーを履いてきた。J.M.ウエストンもそのひとつだ。80年代、フランスに行くと、必ず購入していた。黒のカーフ、黒と茶のスウェードなど、一時リリースされていたWという同社のセカンドブランドのローファーを購入したこともある。映画に登場したような茶のものは、当時現地でしか買えなかったラバーソールのモデルを選んだ。自分でもずいぶん買ってきたと思うが、いちばん欲しかったリザードやクロコダイルのローファーはさすがに手が出ない価格だった。

しかしどのローファーも私には合わなかった。もちろんすべてフランスで試着してから購入している。おそらく私の足型が悪いのだろう。痛い目に遭うのが嫌でほとんど新品のまま仕舞っておいたローファーもある。ところが180 シグニチャー ローファーと並ぶ同ブランドの2枚看板、「ゴルフ」は違っていた。足幅などが調節しやすい、外羽根タイプのひも靴ということもあるのだろうが、履いた瞬間に「これだ」という感覚もあった。履き込むとさらに足に馴染んだ。そもそもソールがラバー製なので、フランスやイタリアの石畳を仕事で歩くのには最適。同じひも靴のオールデンの「990」というプレーントゥも当時よく履いていたが、長い間履く革靴としてはラバーソールのゴルフのほうが私には合っていた。

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靴箱に眠っていた「ゴルフ」。長い間仕舞われていたので靴のカタチそのものが変形、アッパーのステッチも切れている。

J.M.ウエストンは180 シグニチャー ローファーもゴルフもグッドイヤーウェルト製法でつくられている。くろすとしゆき氏は『CrossEye』(婦人画報社刊)の中で「足ぐせのついた中底はお金で買えない貴重品だ」と書く。グッドイヤーウエルト製法の靴は履き込むと、中底が微妙に沈んでくる。中底自体も「足の裏の凹凸に合わせて微妙な起伏ができ、自分には気持ちのよいラインなのです」ともくろす氏は書く。確かにそうだ。それでどんどん履いてしまい、ついには内側の革は切れてしまい、知り合いの靴店で一度直してもらった。このまま履いていてはまずいと思っていたところ、25年前、アメリカでたまたま同じゴルフを見つけ購入した。以来、普段履くのには買い替えたゴルフで、最初のゴルフは靴箱の奥に仕舞われたままだった。

昨年、コロナ禍で時間をもて余していたこともあって、靴箱を整理したところ、初代ゴルフが出てきた。もう廃棄しようかと思ったが、同書には「グッドイヤーウエルト式の靴は、3回は張り替えが可能。甲革に穴が開いた、切れた、というのはだめだが、上さえしっかりしていれば、底は簡単に取り替えられる」と書かれていたのを思い出した。Pen Onlineで取材したこともある埼玉・蕨市でグレンストックという靴店を営む友人の五宝賢太郎さんに相談して修理してもらうことにした。

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左がオリジナルのリッジウェイソール。発見した時、意外に踵があまり減っていないのに驚いた。さすが名靴だけのことはある。右が抜群の軽量性を備えたビブラム社のソール。計測はしていないが、重量が半分くらいになった感覚がある。

オーダーで靴を仕立てることはもちろんのこと、有名靴ブランドのリペアなども手がける五宝さん。しかも本格的な革靴からスニーカーまで靴のことなら博覧強記で信頼をおいている人物。

「いっそスニーカーの底でも付けてくださいよ」と気軽に頼んだところ、出来上がったゴルフはこれまでとそれほど変わっていないように見えつつも、素晴らしい出来栄え。ソールをイタリアの老舗ビブラム社のものに変えているが、とにかくこれが軽量。持った時、「これがあのゴルフ?」と叫んでしまったくらい。まるでスニーカーのような軽さだ。しかもソールの屈曲性もアップしている。最近クッション性の高いスニーカーばかり履いていたが、これならば革靴を履いてみようという気になる。私はスニーカー風に変身してもいいとお願いしたが、見た目はクラシックなまま。これならばジャケットを着た時でも、あるいはフォーマルな席でも十分履いていける。さすが靴のことを熟知する職人だけのことはある。もちろん仕上げも完璧。一度修理した踵の破れもさらに綺麗に直してくれた。

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左が修理前の踵。ステッチが切れ、踵の内側の革が破れてしまっている。右が修理後。もう新品。彼が修理をしているところを何度も見ているが、とてもていねいに直していくので、新品をつくるより、何倍も手間がかかる。

もう購入してから最低でも35年は経つゴルフだが、これならまだまだ、なんなら死ぬまで履けるだろう(笑)。さらに五宝さんは今回交換したラバーソールよりも屈曲性が優れたソールまで見せてくれた。「最近、もっている靴をこれに全部替えた人もいますよ」と。見るからに履きやすそうなソールだ。くろす氏いわく、伝統の製法を用いた靴はソールは3回張り替えが効くようなので、次回はそのソールを試してみたいと思う。でも靴好きの五宝さんのこと、その頃になれば、さらに革新的なソール、エアでも入って跳ねるように歩けるようなものを考えてくれることも確信している。

小暮昌弘

ファッション編集者

法政大学卒業。1982年から婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に勤務。『25ans』を経て『MEN’S CLUB』に。おもにファッションを担当する。2005年から07年まで『MEN’S CLUB』編集長。09年よりフリーランスとして活動。

小暮昌弘

ファッション編集者

法政大学卒業。1982年から婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に勤務。『25ans』を経て『MEN’S CLUB』に。おもにファッションを担当する。2005年から07年まで『MEN’S CLUB』編集長。09年よりフリーランスとして活動。