“不法滞在者”とみなされた外国人たちを強制的に収容している入管施設の実態に、米国人ドキュメンタリー作家トーマス・アッシュが迫った映画『牛久』の見どころを紹介する。
【あらすじ】日本で難民認定が下りた割合はわずか0.4%…“帰れない”人々のリアルな現実
在留資格のない人、あるいは資格の更新が認められず国外退去を命じられた外国人を“不法滞在者”として収容する、入管収容施設が全国に17カ所ある。その一つが茨城県牛久市にある東日本入国管理センター、いわゆる“牛久”だ。この施設内に収容された人々の実像に迫りながら、日本の入国管理行政を巡る闇にメスを入れるドキュメンタリー映画『牛久』が、2月26日から劇場公開される。
本作に登場するのは、“牛久”に収容された9人の外国人たち。なかには、紛争などによって出身国に帰れず、難民申請をしている人も多くいる。トルコのクルド人デニズもその一人だ。トルコではクルド人の安全が保障されていないため2007年に来日したが、難民申請を認められず約3年半も入管に収容された。そんな彼を待っていたのは、精神的な暴行やいじめの数々だったという。収容中、精神科にかかって睡眠薬・安定剤を常用するようになり、仮放免になったいまも精神的に不安定な状況が続き、自殺したくなる衝動に襲われている。
中央アフリカでのクーデターに家族が巻き込まれたカメルーン出身のルイスは、2002年に日本へやって来て日本人女性と結婚したものの、入管収容所で7年間を過ごすことに。しかも入管当局が「これは偽物の結婚だ。ビザを取りさえすれば離婚される」と女性に話したことから、結婚を壊されたという。しかし、彼にはなす術がない。
---fadeinPager---
【キャスト&スタッフ】日本のさまざまな問題を切り取ってきたドキュメンタリー作家が“おもてなしの現実”を告発
本作の監督・撮影・編集を務めているトーマス・アッシュは、長編ドキュメンタリー第1作『the ballad of vicki and jake』(06年)でスイスドキュメンタリー映画祭グランプリに輝いたドキュメンタリー作家。2000年に来日して以来、原発事故後の福島で子どもたちの甲状腺検査や生活にスポットライトを当てた『A2-B-C』(13年)をはじめ、さまざまな側面から日本を撮り続けてきた。
今回、アッシュ監督がクローズアップしたのは、世界中から注目された華やかな東京オリンピック開催の影で、露わになる日本の“おもてなしの現実”と“偽りの共生”だという。ボランティアとして牛久の東日本入国管理センターを訪れたアッシュ監督は、収容者たちの話を聞いて強い衝撃を受け、映画の力で彼らの話を日本や世界に伝えようと決意したという。
内部での撮影を禁止する入管収容所の報道規制を“隠し撮り”という手法で切り抜けたアッシュ監督は、当事者たちの了解を得て撮影し、面会室で訴える彼らの証言を記録。韓国DMZ 映画祭では「撮影の制約自体を映画的な形式に用い、観客をその現実に参加せざるをえなくすることで、ドキュメンタリーの力を示した」と評価され、アジア部門最優秀賞を受賞した。
---fadeinPager---
【見どころ】日本人が知らない、日本人が知るべき人権侵害の実態
「日本は平和で安全な国」と信じて救いを求めてきた人々が、長期の強制収容や非人間的な扱いで精神や肉体を蝕まれ、日本という国への信頼や希望を失ってゆく…。本作で採用された“隠し撮り”という手法は議論を呼ぶところではあるが、「まるで刑務所のよう」「体じゅう殴られた」など、入管施設に収容された人々がその驚くべき実情をアクリル板越しに訴える声は、決して無視できるものではない。
しかも、こうした現状がニュースなどで報じられ、私たちの耳に届くことはほぼ皆無に等しい。2021年3月には名古屋入国管理局でスリランカ出身女性ウィシュマさんの死亡事件が起き、また同年5月には国会では入管法改正案の成立が断念となったが、これらの出来事をニュースとして聞くだけでは、入管施設に収容された人々が体験している人権侵害の実態まで伺い知ることは難しい。
リスクがあるにもかかわらず自らの顔を隠すことなく、音声を変えることなく出演を許可した9人の外国人たち。自分たちの叫びを親身に聞いてくれたアッシュ監督を信頼し、またドキュメンタリーとして広く世界に発信することをアッシュ監督に期待した彼らの勇気ある行動を、スクリーンで確かめたい。
監督/トーマス・アッシュ
2021年 日本映画
1時間27分 2月26日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
---fadeinPager---