【2022年にやってみたいこと】自分のための、寝台特急の旅

  • 文・写真:馬場未織
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現在毎日運行している唯一の寝台特急は、この「サンライズ瀬戸・出雲」です。

2022年にわたしがやってみたいことは、寝台特急の旅です。
今や利便性も経済性も特にない、ただ車中で夜を越えることを楽しむための、オトナの旅に出たい。無性に、出たい。

夕方からいそいそと旅支度を始めて、夕飯は食べずに駅へ。駅弁に命をかける。エキナカのお店で買おうか、ホームで買おうか、車内販売で買おうか。それからビールも買って大丈夫。これからエンドレスのように長い長い夜があるのだから。うたた寝して、ハッと目が覚めてもきっとまだまだ夜……

という序章を想像しただけでたまならい気持ちになります。

わたしにとってこの願望は、コロナ禍での憂さ晴らしなどという最近の思い付きではありません。
8年前、幼い息子のために家族で夜行列車の旅をした時の不完全燃焼感まで遡ります。

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よくあんなハードな旅をしたもんだ。


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2003年12月。
起きてから寝るまで「でんちゃ!」のことしか考えていなかった息子との電車の旅は、思い返せばエキサイティングなものでした。

今はなき「寝台特急富士」で東京駅から九州は別府駅まで向かい、フェリーで宇和島に渡り、普通列車を乗り継いで室戸岬へ向かい、アンパンマン列車などもたしなみつつ岡山へ。その日にどの電車に乗りたくなり、どこまでたどり着けるか分からないから、行く先も宿探しも行き当たりばったり。

ほとんど乗客のいないローカル電車を乗り継ぎ乗り継ぎ、西日本を巡りました。

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電車に乗るために旅をしていることが伝わるのか、運転手さんや車掌さんにはずいぶん親切にしていただきました。

でもこの時は、移動中の風景を楽しむゆとりはありませんでした。

息子が寝静まってようやく大人のくつろぎタイムだと思ったら大量のおしっこがオムツからしみ出していろいろ濡れたこと、宇和島の宿で茹でた“カメノテ”をむさぼってお腹を下したこと、電車の見える宿に泊まったら「これ乗る!これ乗る!」と泣かれて夜また1駅だけ乗りに行くという疲労を重ねたことなど、風景でなくこどもを見ていたという思い出に塗りこめられてイマイチ詳細を覚えていません。

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健やかに寝てくれたと思ったら、甘かった。なんども「かんぱい!」をしてジュースをたくさん飲んでいたのでした。

唯一よく覚えているのは、早朝に停まった下関駅のことです。

まどろむ中で「次は下関駅です」というアナウンスが聞こえ、じわじわと驚いていきました。ホームに降りても、そんなに遠くにいる自分が信じられなかった。
この寝台特急は「下関」なんていう遥かな地に、運んでくれたんだ……

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すでにボロボロだった富士。贅沢なつくりでないのが、よかった。また乗りたかった。

小さな子を育てながら、お腹に赤ちゃんもいて、何だかもう毎日が目の前のことでいっぱいだったあの頃。ほんの1駅先のお店にランチに行く余裕もない日々でしたからね。

気が付けば、「ママ!ママ!」とへばりついてくる小さな子は我が家からいなくなり、永遠に続くように思えていた子育てにも終わりがあることを知り、こどもたちを置いて旅行に出かけることもできるようになっています。

時の流れは一定の速さではなく、止まっているように感じたり、急激に進んだように感じるものです。

これから訪れる人生の新しいフェイズでは、今まで見ても見えていなかったもの、すっ飛ばしてきたものをじっくり味わう旅がしたいと、心の底から思います。

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たとえばこれ、瀬戸内海の風景だと思うのですが、まったく覚えていないのです。海を見ているこどもを、見ていたんだと思う。

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加えて、二拠点生活では圧縮してしまっている「移動」を、もっともっと丁寧に感じたい、という欲望も後押ししてきます。

「二拠点生活って、移動の時間がもったいなくないですか?」と聞かれると、「なるべく渋滞しない時間を狙います。家族と話したり考え事をしていると、あっという間に着きますよ」「高速バスなら中で仕事もできるしね」などと、答えているわけですが。

移動時間をコストと捉えてより“ない”方向に近づけようとすること自体、暮らしへの感性が貧しいのかもしれないな、と振り返るようになっています。

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アクアラインは渡り廊下。たしかにこのショートカットで助かっているんですけどね。

移動時間をぎゅぎゅっと圧縮して「どこでもドアに近づいた!」と喜ぶとき、実は一方で「移動の楽しみ」をも圧縮してしまっているのだろうなと思います。

何でも合理的にコントロールしたくなる現代社会に生きているからこそ、時間も、距離も、等倍で感じられる旅がしたいのかもしれません。

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昔は早い・安いという合理的な理由で重宝されていた寝台特急は、時代とともに次々と廃止され、毎日運行する寝台特急は現在「サンライズ瀬戸・出雲」のみとなっています。

でも、残っていてくれてよかったです。

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山陰地方の豊かさを聞くにつけ、憧れにも似た感情を持つようになっています。わたしにとっては海外と同じくらい遠い土地。

今年は、これで、出雲に行きたい。

わたしはまだ出雲に行ったことがありません。
数年前に出雲出身の友人がツアーを企画してくれたのに、その時分に息子が問題を起こしまくっていて到底家から離れられないという窮状にあり、行けなかったんです!

小さな息子との電車の旅はいい思い出だけれど、思春期の息子に手を焼いたのはぜんぜんいい思い出ではないな。
人生こそ、合理的に圧縮できる時代などない、予測不可能な旅ですね。

馬場未織

建築ライター、NPO法人南房総リパブリック理事長、neighbor運営、関東学院大学非常勤講師

1973年東京都生まれ。日本女子大学大学院修了後、千葉学建築計画事務所勤務を経て建築ライターへ。2007年より「平日東京/週末南房総」という二拠点生活を家族で実践。2012年に農家や建築家、教育関係者、造園家、ウェブデザイナー、市職員らとNPO法人南房総リパブリックを設立。里山学校、空き家・空き公共施設活用事業、食の二地域交流事業、農業ボランティア事業などを手がける。2023年よりケアのプラットフォームneighbor運営。著書に『週末は田舎暮らし」、『建築女子が聞く住まいの金融と税制』など。

Twitter / Official Site

馬場未織

建築ライター、NPO法人南房総リパブリック理事長、neighbor運営、関東学院大学非常勤講師

1973年東京都生まれ。日本女子大学大学院修了後、千葉学建築計画事務所勤務を経て建築ライターへ。2007年より「平日東京/週末南房総」という二拠点生活を家族で実践。2012年に農家や建築家、教育関係者、造園家、ウェブデザイナー、市職員らとNPO法人南房総リパブリックを設立。里山学校、空き家・空き公共施設活用事業、食の二地域交流事業、農業ボランティア事業などを手がける。2023年よりケアのプラットフォームneighbor運営。著書に『週末は田舎暮らし」、『建築女子が聞く住まいの金融と税制』など。

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