コロナ禍に「ミシン」が大ヒット! あるメーカー社長の挑戦

  • 文:野呂エイシロウ

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大阪にあるデイサービスひなぎくにて、ミシンを使用する施設利用者。

あなたはミシンを持っているだろうか?僕もミシンを使ったのは中学校の家庭科の授業以来であるから、かれこれ40年ぶりだろうか?きっかけは、一人の男との出会いである。山﨑一史という男だ。大阪にあるアックスヤマザキというミシンメーカーの3代目。そこで、「子育てにちょうどいいミシン」というのをお借りして使ってみた。税込み11,000円と非常に安価で軽い。しかも格好いい。簡単に雑巾を縫うことができた。というか僕の腕だと雑巾が限界だった。

その後、僕自身もAmazonで購入し、本棚に飾って時々動かしてもいたが、今は、色々あって某舞台美術家が使っている。出張先で活躍しているらしい。軽いから持ち運びが楽だし電池で動くのが有り難いらしい。良かった。「子育てにちょうどいいミシン」はその後グッドデザイン賞など数々の賞を受賞して記録的な売上を作ることになる。

アックスヤマザキの山﨑一史社長は実にアイデアマンだ。サラリーマンを経て、父親が経営するこのミシン会社に就職。MBAを取得し、傾いていた企業を実行力とアイデアと経営力とで増収増益を更新している。MBA取得のために通った大学院では、市場縮小の激しい家庭用ミシン市場の分析結果は「負け犬。撤退した方がいい」だった。

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「ミシンを一家に一台」という熱い想い

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シニア世代にもミシンが人気だ。

記憶に新しいと思うが、2020年に新型コロナウイルスが拡大していた最中は、マスク不足だった。そこで、山﨑社長はすぐにYouTube動画を作成。簡単にマスクをつくれるようにし、面倒くさいと思われていたミシンのハードルを下げた。アクセサリーについているQRコードを読み込めば、簡単に様々な物の作り方を見ることができる。

とにかく、「ミシンを一家に一台」を目指し、様々なアイデアで市場を変えていく山﨑社長。そのひとつに、ミシンを家電売場ではなく玩具売り場に並べたことがある。「毛糸ミシンHug」は小学生が簡単に楽しめるミシン。それが大ヒットにつながった。2021年の新型モデルは、既に市場から少なくなっているという。子どもたちの心をガッツリ掴んだのだ。

「子育てにちょうどいいミシン」の次にヒットを生んだのが、「孫につくる、わたしにやさしいミシン」である。老眼が進むお年寄りに向けて、糸通しに使える拡大レンズを取り付けたり、糸を通しやすいようにミシン本体が傾いたりと、様々な工夫がされている。どうしてこのミシンを思いついたのか?山﨑社長に聞いてみると、

「『孫につくる、わたしにやさしいミシン』は、シニア世代の方から『目が見えにくい』『重たいミシンを出し入れできない』『複雑な機能は使いこなせない』といった声が届き、シニア世代がミシンを使うことをあきらめている現状を何とかしたいと思い開発しました」

それが新機能のアイディアの根源である。

「もう一つは、コロナ禍で人と会えない状況で、お孫さんや誰かのため、自分のために、ミシンで手作りして頂くことで楽しんで頂きたく、更には外出制限などで認知が進む社会課題も解決すべく、脳トレで著名な川島博士にも研究依頼して、脳トレができるミシンを目指しました」と山﨑社長。

これは、脳トレでお馴染み川島隆太博士に実験をしてもらい、ミシンで脳トレができることを実証したのである。脳の排外側前頭前野が活性化して、脳を鍛えたり、脳の健康維持をすることができるという。

デイサービス施設でも活躍

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ミシンで手作りした子どもの遊び道具。

さらに、デイサービス施設でもこのミシンは活躍している。大阪にあるくつろぎの里では、「縫い活(ぬいかつ)」が活発に行われている。袱紗工場の第一創芸から葬儀などで使う袱紗(ふくさ)の端切れの提供を受け、それで様々なものを制作。それを施設と交流がある子どもたちにプレゼントして、大変喜ばれているという。また、同じく大阪のデイサービスひなぎくでも、施設の利用者の方々が孫につくる「わたしにやさしミシン」で作った雑巾や巾着を、子ども食堂に寄付している。ミシンを傾ける針穴スイングミシン機構も、この施設でモニターになった方の動きを見たことがヒントになり開発した。

そう、ミシンは単に個人の楽しみというだけではなく、創作物を作ることにより、新しいコミュニケーションが生まれたり、それによって喜怒哀楽が生まれる。当然脳も使う。そう、縫活は高齢者に生きがいを生んでいるのだ。

「私たちは、ミシンを通じて、社会課題を解決して世の中のお役に立てるモノづくり、コトづくりをすることで、もう一度一家に一台を目指しています。昔のように一家に一台ミシンがあり、ミシンで暮らしに感動と温もりを提供していきたいと思っています」山﨑社長は熱く語る。

次々と新製品を生み出し、革新性を見出す山﨑社長。絶望的な分析結果が出たMBA取得のために通った大学院からは、今年表彰をされた。革新的な事業を立ち上げたことへの敬意である。筆者も、母にミシンを買ってあげようと思う。

【執筆者】野呂エイシロウ

1967年生まれ 放送作家、戦略的PRコンサルタント。学生起業家として活躍。その後編集者を経て「天才たけしの元気が出るテレビ」で放送作家デビュー。「奇跡体験アンビリバボー」などを構成。現在までに企業のブレーンとして150社以上に携わる。