2021年の世相を一文字で表すと「金」だそうですが、僕としては「淡」です。
四字熟語で表すなら、「交淡若水」。訓読みしていくと、交わりは淡きこと水のごとし。となります。これは中国の古典である『荘子』に出てくる一節で、もう少し長めにサンプリングすると「君子之交淡若水」。すなわち偉い人、立派な大人同士の交際とは、淡々として水のようだ。という意味ですね。それに対し、普通の人の付き合い方は甘酒のようにねちっこいものだと『荘子』では綴られております。
自分は偉い人でも立派な大人でもないのですが、コロナ禍の影響で昔のような濃密なコミュニケーションができなくなり、2021年は期せずして君子の交わりっぽい新たな日常を過ごしたことは確かです。それはリモート取材や打ち合わせだけでなく、僕の地元である東京で開催されたオリンピック・パラリンピックとの関わりかたも同様でした。
8月24日の東京の空模様は曇り。外出することを避ける日常のなか、ふと窓の外を見れば向いのマンションの住人がぞろぞろとベランダに出てきています。この集団行動は、例年の隅田川花火大会と同じです。もしかしてと思って望遠ズームレンズを装着した一眼レフカメラを手に自宅マンションの廊下に出て、自室と逆サイドの展望ガラスからスカイツリー方面を眺めていると、東京パラリンピックの開会を都民に告げるべく、ブルーインパルスの編隊が飛来してきたのでした。
窓ガラス越しに広がる東京の東側のうっすら曇った光景を、一眼レフの光学式ファインダーで覗き見る。その感覚は、リアルタイムで起きている事象なのに現実としての手触りが淡く、視覚的にもコントラストの低い体験でした。初代のノースアメリカンF86戦闘機、二代目の三菱重工T2、そして現役の川崎重工T4によるブルーインパルスの飛行をすべて肉眼で見てきましたが、今回の遭遇が最も淡い感じがしたのが不思議です。
2021年の世相を一文字で表すと「金」だそうですが、僕としては「淡」なのです。
パラリンピックのシンボルになぞらえて赤・青・緑に彩られたブルーインパルスのカラースモークも、なんだか淡い色彩で記憶の中ではすでにモノクローム化しています。それに引きかえ、次期夏季大会の予告で晴れ渡ったパリ上空を飛行したフランス空軍の8機編隊が描きだしたトリコロールのスモークの彩度の高さは、ケタ違いの鮮やかさでした。
ジェット編隊飛行のスキルでは日本の航空自衛隊も世界に胸を張れるのですが、カラースモークのえげつなさではフランス空軍の完勝。とはいえ「淡い」という価値観も、あながち捨てたものではないと思います。

ライター
1964年東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒。松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間務める。在職中から腕時計やカメラの収集に血道をあげ、2002年に独立し「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」などの雑誌やウェブの世界を泳ぎ回る。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)など。
1964年東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒。松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間務める。在職中から腕時計やカメラの収集に血道をあげ、2002年に独立し「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」などの雑誌やウェブの世界を泳ぎ回る。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)など。