洋画・邦画ともに注目作品の多い1月。『スポットライト 世紀のスクープ』のトム・マッカーシーによる監督最新作『スティルウォーター』の見どころやあらすじを紹介する。
【あらすじ】娘の無実を信じる父が異国の地で孤独な戦いに挑む

『スポットライト 世紀のスクープ』でアカデミー賞作品賞を受賞したトム・マッカーシー監督が、同作よりも以前から構想を練っていたサスペンス・スリラー『スティルウォーター』。主演のマット・デイモンによる熱演と相まって、カンヌ国際映画祭のワールドプレミアでも絶賛された作品が、日本でも1月14日から劇場公開される。
アメリカ・オクラホマ州スティルウォーターで暮らす失業中の石油掘削作業員ビルは、ドラッグとアルコールに溺れる荒んだ人生を送ってきた。そんな彼にはフランス・マルセイユに留学した娘アリソンがいるが、ガールフレンドのレナを殺害した罪で9年の刑に服していた。アリソンから潔白を証明する新たな手がかりを得たビルは、無実を訴え続ける娘を救うため、そして娘の信頼を取り戻し父親として認めてもらうため、彼女が真犯人だと信じるアキムという男を自らの手で探し出そうとする。しかし、言葉の壁や複雑な法制度につまずき、地元民もよそ者のビルと口をきこうとしない。それでも、シングルマザーのヴィルジニーとその娘マヤの協力を得ながら奮闘し、わずかな手がかりを頼りに危険を顧みず前進していく。
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【キャスト&スタッフ】マット・デイモンと『スポットライト 世紀のスクープ』の監督が追求した“地中海の暗黒小説”

マッカーシー監督が本作の着想を得たのは10年ほど前のこと。ヨーロッパの港町を舞台にしたスリラーを作ろうと考え、ジャン=クロード・イゾら地中海の暗黒小説作家たちに感化されマルセイユを訪れたところ、「物語の舞台はまさにこの港町しかない」と思ったという。しかし、脚本の下書きがもともと追い求めていたテイストと離れてしまったため、しばらく寝かせることに。その後、フランス人作家のトーマス・ビデガンとノエ・ドブレのアドバイスでアプローチの根本的な誤りを修正し、さらにトランプ政権下であるべき姿を見失ったアメリカ国民の視点を盛り込み、ようやく製作できる態勢を整えた。
娘の無実を信じて異国の地で奮闘する父ビルに扮するのは、実力派俳優のマット・デイモン。頭の切れるスマートな役柄がハマる印象が強いが、本作ではそうした自らのカラーを消し去り、人生で多くの大切なものを失った肉体労働者を泥臭くリアルに演じている。役に完全に溶け込むことに全身全霊を注いだマットの存在感は際立っていて、マッカーシー監督も「マットが起用されて初めて、ビルという人物、彼の旅路の複雑さとニュアンスが本当の意味で理解できた」と貢献を認めている。
また、本作には『スポットライト 世紀のスクープ』『名探偵ティミー』でもマッカーシー監督と組んだ高柳雅暢が撮影監督として参加。オクラホマでのビルの生活に漂う重苦しさと、マルセイユにあふれるエネルギーや街の活気を映し分けるべく、レンズを使い分けてその違いを見事に表現している。
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【見どころ】事件を取り巻く人々の人生を掘り下げる、人間性豊かなサスペンス

マッカーシー監督が地中海の暗黒小説に感化され、映画で描きたいと思ったポイント。それは、センセーショナルな事件を取り巻く人々の人生と、彼らの悲劇を深く掘り下げることだった。その思惑通り本作は、親子の無償の愛を軸に、一つの事件を通して絡み合う人物たちの人生を大胆かつ重厚に描ききり、サスペンスとしてもヒューマンドラマとしても上質な作品に仕上がっている。
また、『スポットライト 世紀のスクープ』という社会派ドラマの傑作を生みだしたマッカーシー監督らしい視点も本作の注目ポイントだ。主人公ビルの境遇を通じて、“アメリカ・ファースト”を掲げるトランプ政権によって道徳的義務感が自分本位のものに成り下がってしまった現代アメリカの立ち位置を示しつつ、これから進むべき道をビルの旅路に重ね合わせている。およそヒーローらしからぬビルが過酷な体験を経て精神的に成長・変化していく姿を見守るうちに、見る者それぞれが自分なりの“答え”を見つけ出せることだろう。
そして、物語のテイストを形作る重要な要素として、マルセイユの街並みも外せない。地中海の青い海、沿岸の神秘的な景勝地カランク、収容人数6万7000人のスタッド・ヴェロドローム、レ・ボメットにある古い刑務所…。主人公ビルが孤立無援で事件の真相を探っていくサスペンスや、彼が異国で出会ったシングルマザー親子との交流に、地に足の着いたリアリティを彩っている。
「娘を取り戻したい」という純粋な思いに突き動かされた男に待ち受ける真実。その過酷な旅路に絡み合っていく複雑な人間模様。単なるサスペンス映画では得られない、深い気づきと感動を体感してほしい。
『スティルウォーター』
監督/トム・マッカーシー
出演/マット・デイモン、アビゲイル・ブレスリンほか 2021年 アメリカ映画
2時間19分 1月14日(金)TOHOシネマズシャンテ、渋谷シネクイントほか全国の劇場にて公開
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