洋画・邦画ともに注目作品の多い1月。ハリウッドの“生きる伝説”クリント・イーストウッドの監督デビュー50周年記念作品『クライ・マッチョ』の見どころやあらすじを紹介する。
【あらすじ】人生に迷った老人と少年が、新しい生き方を求めて旅に出る

半世紀以上にわたって俳優として一線で活躍を続ける一方、監督としても多くの名作を輩出し、『許されざる者』『ミリオンダラー・ベイビー』で2度のアカデミー賞に輝いたクリント・イーストウッド。監督デビューから50周年かつ40作目という節目にあたる、監督・主演兼任のロードムービー『クライ・マッチョ』が1月14日から劇場公開される。
1979年、アメリカのテキサス。かつてマイクはロデオ界のスターに君臨するカウボーイだったが、落馬事故を境にすっかり落ちぶれてしまい、妻子にも先立たれたいまは孤独な独り暮らしを送っていた。そんなある日、元雇い主である牧場主ハワードから「別れた妻に引き取られた十代の息子ラフォをメキシコから連れ戻してほしい」という依頼を受ける。
下手をすると誘拐になりかねない仕事だが、ハワードに恩義があるマイクは依頼を引き受ける。単身メキシコに入国したマイクは、男遊びに夢中な母に愛想をつかし、闘鶏用のニワトリ“マッチョ”と共にストリートで生きていたラフォを見つける。他人を信じることなく育ったラフォはマイクにも心を開こうとしないが、大牧場主である父のもとでの再出発に惹かれ、マイクと共に国境へ向かう旅に出る。しかし、メキシコ警察やラフォの母が放った追手が彼らの行く手を阻もうとする。
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【キャスト&スタッフ】40年間の円熟を経てイーストウッドが「いま演じるべき役」に挑戦

本作の舞台がいまから40年以上前の1979年であることには理由がある。実は、イーストウッドは約40年前に本作の企画を持ちかけられていたが、当時は「いまの自分がマイク役を演じるには若すぎる」という理由で出演を断り企画も頓挫した。それから長い歳月を経て、2年前に脚本を再び検討したところ「機は熟した。いまならこの役を楽しんで演じられる」と確信。監督と主演の兼任を決断し、これまで数々の西部劇でカウボーイを演じた自らの年輪を重ね合わせながら、人生で多くのものを失った老人の枯れた生きざまを自然体かつ味わい深く演じている。
主人公の元雇い主ハワードを演じるのは、カントリー歌手で俳優としても活躍するドワイト・ヨーカム。出演オファーを二つ返事で引き受けたというヨーカムは、大御所との仕事に臆することなくアドリブを織り交ぜ、マイクとハワードの長年の関係性を説得力満点に魅せている。
マイクと二人きりの旅に出る少年ラフォを演じるエドゥアルド・ミネットは、何百人もの志願者が集まるオーディションを勝ち抜いた新人俳優。複雑な生い立ちから人間不信に陥っている少年の苦悩や成長を、初の長編映画出演とは思えない繊細な演技で体現し、マイクとラフォが紡ぐ絆に優しげな親密感を宿している。
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【見どころ】伝説のカウボーイから次世代の若者に継承される“真の強さ”

“生きる伝説”というハリウッドでの重々しい立ち位置とは対照的に、イーストウッドの作品は年々余分な要素がそぎ落とされ、作劇も演出もどんどんシンプルになっている。ロードムービーのフォーマットで描かれた本作も、いくつか事件は起きるものの物語は淡々と進んでいく。しかし、そのシンプルさが物語の本質とテーマを明確にし、見る者の心を静かに熱く揺さぶるのである。
本作のテーマとして、マイクとラフォの会話で象徴的に用いられるのが“マッチョ”という言葉。親の愛情を知らずに育ちストリートで過酷な経験を重ねたラフォは「強くあらねば」と肩を張ろうとするが、そんなラフォの心中を察したマイクは「人は自分をマッチョに見せたがる。すべての答えを知ってる気になるが、老いと共に無知な自分を知る」とアドバイスを授ける。この言葉は、長い人生で何度も苦楽を体験してきたマイク、そして数々の映画で人生を描き演じてきたイーストウッドが発するからこそ、ラフォだけでなく“自分の強さ”に自信がもてないすべての人にとって重く響く。それでいて、そうしたメッセージを決して説教臭くならず、肩肘を張ることなくサラッと描いているのがイーストウッドたるゆえんだ。
また、本作のマイクとラフォの関係性は、今回と同じくイーストウッドが監督・主演を兼任した『グラン・トリノ』を彷彿とさせる。『グラン・トリノ』の退役軍人ウォルトが父親のいないアジア系移民少年と絆を育みながら“男の生き方”を教えていったように、『クライ・マッチョ』のマイクも人生経験の浅い若者に対して生きる上で必要な“強さ”を伝授していく。一方、今回は“伝承する側”のマイクもラフォと同じく人生を見失っている境遇にあるため、己の居場所と進む道を再発見していくマイクの姿に見る者も自分を重ね、生き方を見つめ直したくなることだろう。
勇気、希望、友情、愛…。これまでイーストウッドが描いてきた人生のエッセンスがすべて詰められた、監督人生50年の集大成。映画人として一人の人間として数々の経験を重ねた、イーストウッドにしか作れない至高の物語がここにある。
『クライ・マッチョ』
監督/クリント・イーストウッド
出演/クリント・イーストウッド、ドワイト・ヨーカムほか 2021年 アメリカ映画
1時間44分 1月14日(金)より新宿ピカデリーほかにて公開
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