Spotifyが見据える、音楽とポッドキャストが切り拓く可能性。スポティファイジャパン代表取締役インタビュー

  • 文:長谷川賢人

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トニー・エリソン●米国生まれ。日本(京都)とアメリカで育ち、マサチューセッツ州ウィリアムズカレッジにて政治学とアジア研究の学士号を取得。日本語と英語に堪能で、オランダ語とドイツ語にも精通。スポティファイジャパン代表取締役として、日本における戦略策定や事業運営を統括。これまでMTV、任天堂(米国)、Google/YouTube、ウォルト・ディズ ニー・ジャパンなど、コンテンツ、テクノロジー業界のグローバルブランドにおいて、日本、米国、アジア太平洋地域で 25 年以上にわたりビジネスを推進。

世界で4億人近いユーザーを抱えるオーディオストリーミングサービス「Spotify」。今年11月には日本上陸5周年を迎えた。昨今では音楽だけにとどまらず、オリジナル番組の制作などポッドキャストにも注力し始めている。

今後、音楽やポッドキャストが切り拓く可能性とは? Spotifyはいかなる価値を提供し、そこに貢献するのか? スポティファイジャパン代表取締役として、日本における戦略策定や事業運営を統括するトニー・エリソンにインタビューを行った。

常に業界の“次の進化”を見据える

トニー・エリソンが現在の仕事に就くきっかけは、30年前に遡る。父がアメリカ人、母が日本人であったトニーは、父の仕事と母の血縁により、幼少期からアメリカと京都を往復する日々を送った。アメリカの大学を卒業した頃は90年代前半、インターネットブームが到来する直前だった。米系コンサルティング会社の日本支社に就職してすぐに任されたのは通信業界。「アーリー90’sの通信業界ほど面白い業界はなかった」と当時を振り返る。

「移動体通信の整備が進み、電話回線で映像が送れるようになると言われたり、本当に新しい時代が見えてきたところでした。僕はずっとエンターテイメントとメディアに興味を抱き、アメリカと日本では友達たちの趣味も、コマーシャルや音楽のあり方が異なることも体感してきた。『両者はいったい何が違うのか、そして何が共通するのか』を理解し、ビジネスにつなげていくことを、僕のキャリアでは30年間続けてきたのです」

まずはMTVへ転じ、​​任天堂(米国)ではWii向けの映像配信などにも携わった。Google(YouTube)でアジア地域の音楽担当として「YouTube Red (現・YouTube Music)」を立ち上げ、前職のウォルト・ディズニー・ジャパンでは定額制配信サービス「Disney+」の日本ローンチを実現。

ゲーム機でどのように映像を配信するか。動画プラットフォームをどうやって音楽業界やアーティストにとってより良い場所にするか。パッケージビジネスをいかにBtoCビジネスへ転換させていくのか……常に「その場所や業界の“次の進化”とは何か」を見つめ、探り出そうとしてきた。

そして、目下取り組むのがSpotifyだ。いまや誰もが音楽を聴き放題になったが、20年前には次のような喩えをもって将来を予測する人がいたことを、トニーは思い出す。

「音楽が将来ユニバーサルアクセスになることを、かつては水道に喩えて表現する人もいました。ミネラルウォーターのボトルは高くても単品で買う一方で、いつでも蛇口を開けば水道水が飲めるという状況に近いのではないかと。それと似た状況がいまであり、音楽は誰もが手の届きやすいものになったのです」

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オーディオ体験は「まだまだ序の口」

ゲームメーカーや動画プラットフォームを経たトニー氏のキャリアだが、その傍らにはいつも音楽があり、音楽業界とも並走してきた。MTVはもちろん、任天堂やディズニーも音楽に高いプライオリティを置く企業だ。優れたゲーム音楽や映画の劇伴といったもの無くして世界的なヒット作は生まれ得ない。

その重要性を知るトニーは、映像配信が世界のニュースの見出しを独占するようになっているいま、Spotifyが人間のコミュニケーションの原点ともいえる「音声」を再定義し、進化させようとしているチャレンジ精神に惹かれたという。ポッドキャストや音楽を通じた交流を促すためのプラットフォームのあり方とは一体なにか。Spotifyは「アーティストやクリエイターとファンとを直接繋ぐ場」だと捉えている。

「オーディオは生活や人生を彩るサウンドトラックのような位置づけです。人間は一日中映像を見続けることは難しくても、運転、仕事、運動などあらゆるシチュエーションで、音楽やポッドキャストを楽しむことはできる。シチュエーションに合ったオーディオエンターテインメント、あるいはオーディオインフォメーションがあり、それが人間の気分を変える大きな力があると感じています。僕たちがSpotifyで提供している体験は、実は序の口で、まだまだ進化していくと思う」

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Spotifyの公式プレイリスト「Thanksgiving Dinner」

Spotifyにとって「プレイリスト」は、まさに進化のための一案になった。たとえば、アメリカには「サンクスギビングのターキーが焼き上がるまでの時間にフィットしたプレイリスト」があるという。世界中の人々の生活習慣に馴染み、時間と気分を彩ること。そこにオーディオが進化する可能性が潜んでいるのだ。

「かつてCDやレコードしかなかった時代では、流通網によって出合える音楽にも限りがありました。ところがいまは、Spotifyが編成するプレイリストはもちろん、AIが好みを学習して提案してくれるプレイリストや、自分と友達がよく聴く音楽を組み合わせ、それぞれの好みに合いそうな曲を集めたプレイリストを作れる“Blend”機能などを通じて、無限に等しい発見が増える。こうした新たなお気に入りとの出会いにより生活が豊かになるのは、僕らが提供している大きな価値だと捉えています」

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クリエイターにSpotifyが提供する価値

Spotifyにとって、音楽や音声コンテンツを作るクリエイターは欠かせない。そして、クリエイターにとって重要なのは言わずもがなファンを増やすことにある。特にインターネットで世界中がつながる時代においては、言語の問題はあれど海外にまで自らの作品を届けることが容易になった。

Spotifyがもつ環境を言い換えるなら、ユーザー数4億人が視野に入ってきたほどの巨大な「グローバルファンコミュニティ」である。Spotifyにコンテンツを載せれば、その4億人に届く可能性があるというのはクリエイターにとっても魅力的だ。

「Spotifyを通じて、国を超えてファンを開拓できたアーティストも少なくないでしょう。Spotifyはクリエイター向けに聴取データを共有してきましたが、仮に海外のある国にファンが多いというのがわかれば、その地でプロモーションやライブを展開することも考えやすい。国内のみならず世界にもビジネスチャンスがあるのだと気付かせたことは、Spotifyが日本のアーティストへ貢献できたことの1つです。今後は海外市場も視野に、日本のクリエイターやコンテンツが新たなファンを増やすことに寄与できれば、さらによい」

クリエイターがファンといかに強固な関係を築くのか。そのために必要な機能はなにか。Spotifyが8月にリリースした「Music+Talk」もその1つだ。この機能を使えば、Spotify傘下の音声コンテンツ制作・配信アプリ「Anchor」で制作した音声コンテンツと、Spotifyで配信されている楽曲を一つにまとめて届けられる、いわばラジオ番組のような形態をとれるのだ。

従来のポッドキャストのフォーマットでは、権利関係や配信料の課題があり、音楽を利用することは難しかった。

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「Music+Talk」機能を使用し制作されている番組「小泉今日子とYOUのK-POP PARTY」。K-POP好きのふたりがその魅力について語り合い、おすすめの曲を紹介する。トークと曲が交互に流れる構成となっている。

「アーティストや評論家、それから一般ユーザーも、音楽に対する思いやプラスアルファのストーリーを重ねて届けられるようになったのです。たとえば、アーティストがMusic+Talkで自身の作品について語るといった使い方もあり得るでしょう。そのトークによってファンがさらに増え、既存のファンがより一層好きになれば、深く長く関係性が充実することにもつながるかもしれない」

トニー氏は日本のオーディエンスについて「ファンダム(熱狂的なファンによって掲載される文化)が進んでいる」と分析する。CDはすでに聴取目的よりもアーティストに対する「気持ち」を表すグッズとしても機能しているが、それほど情熱をストレートに表現できる国民性は希少だという。それゆえに、アーティスト自身や作品を深く知るほどに、そこには仲間意識が生まれやすくなるのだ。

実は、世界に先駆けて日本で実装された機能に「歌詞」や「シンガロング」(ボーカル音量を調整してアーティストと一緒に歌える)がある。歌詞を見ながら一緒に歌うという体験を通じて、ファンダムを高める狙いだ。他にも、ライブ情報を表示するだけでなく、チケット予約・購入サイトの「イープラス」と連携し、Spotifyから購入できるようにしたのも、ファンが公演を見逃さないようにしてほしいという思いが込められている。

「Spotifyはファンとクリエイターの接着剤。今後はグッズの販売なども含めて、Spotifyの接点を生かした新たな音楽ビジネスを後押ししていきたいです。既存の売上軸であるサブスクリプションと広告の両輪をさらに回していく努力もしますが、まだまだデジタル音声広告市場はこれからというのも事実。啓蒙活動を通じて市場開拓を担っていくことは、僕らにとっても責務だと捉えています」

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オリジナルポッドキャスト番組は「雛形」

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Spotifyが独自に制作から配信まで担うオリジナルポッドキャスト番組の1つである、「kemioの耳そうじクラブ」(左)と「呪術廻戦じゅじゅとーく」(右)。

Spotifyでは昨今、ポッドキャストのオリジナル番組の制作にも注力している。前述の市場教育の一環とも取れるが、この制作はクリエイターにとっての「雛形」としても位置づけているという。

「クリエイターにとって、どのようなポッドキャストを作ればいいかがわからないという状態がまだ続いていると感じています。僕らがオリジナル番組を制作するのには、『こういったコンテンツの作り方もあります、参考にしてみてください』というインスピレーションを提供する目的もあるのです。Spotifyも一人のクリエイターとして、共に音声による新たな表現やエンタテインメントに挑戦している立場だとご理解いただけたら嬉しいです。それと並行して、『Sound Up』という次世代クリエイターを育成するプログラムも展開しています。コンテンツやBGM制作などのノウハウを共有し、ファシリテーターのサポートのもと番組を制作していくというものです」

Spotifyが視聴データを提供し、また雛形も産むとなると、アーティストが言わば“Spotify仕様”のコンテンツを作ることに傾倒しないか、という疑念が湧く。それについて尋ねると、トニー氏は「オールド・ファッションな考えかもしれないけれど」と前置きして、自説を語ってくれた。

「どこまでいってもデータは参考にしかならないのです。コンテンツの成分の大半は、やはり人間としてのインスピレーションとクリエイティビティにある。そこをより開花させられるような環境を提供したいというのがSpotifyの一番のミッションです。そして、こういった環境の提供に成功すれば、きっとSpotifyもさらに成長するだろうと思っています」