【インタビュー】14色を用いた表現には無限の可能性が。作家本人が語る『ル・パルクの色 遊びと企て|ジュリオ・ル・パルク展』

  • 写真・文:中島良平
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国境を超えての移動規制の緩和により、会期後半にようやく来日が叶ったジュリオ・ル・パルク。作品『反射する刃板による仕切り壁』の反射を使った視覚効果の楽しみ方を見せてくれた。

銀座メゾンエルメス フォーラムを会場に、11月30日まで、日本初となる個展が開催中のジュリオ・ル・パルク。1928年にアルゼンチンで生まれ、1958年にフランスに移住したル・パルクは、以降、現在まで精力的に制作を続けるアーティストだ。14色を用い、その組み合わせによって手法も素材もさまざまに表現を展開する彼の方法論とは、どんなものなのか?本人に話を聞いた。

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銀座メゾンエルメスのファサード全面が作品で彩られ、ソニー通り側の入口からエレベーターに乗ると、9階まで上がる間もエレベーター内にル・パルクの作品が展開する。「ファサードの作品モチーフは、過去の作品を拡大したものです。それを入口のサインのように扱い、エレベーターに入ると同じシリーズの作品が上昇する動きに合わせて小さなサイズで展開する。サイズが変わり、動きが加わることで印象が変わる。会場に入る前からそんな演出で来場者を楽しませたいと考えました」とル・パルクは語る。

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ファサードを彩る作品は『シリーズ14-2 分割された円』。12月末まで展示予定。またショーウインドウでも、ル・パルクの作品を用いたディスプレイを楽しむことができる。

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「繰り返す実験の結果が作品に過ぎない」

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9階に上がると、マケットや小型のコラージュ、デッサンなどが展示されている。「14色の表現に至るまでのプロセスを最初に見せようかと考え、当時の実験から生まれた作品を展示しました」

ピート・モンドリアンやロシア構成主義に影響を受けたことから、幾何学的な抽象絵画の制作を開始したル・パルク。今回の個展でもいくつかの作品が展示されているが、まずは黒と白の作品で視覚的な実験を繰り返した。大きさや形を変え、そこに回転の動きを加えるなどして生まれる効果をさまざまに試した。抽象表現によって画面をどうやって埋めることが可能か。ル・パルクの興味はそこに向いていた。

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ヴィクトル・ヴァザルリへの共鳴も示すが、作品が「オプ・アート」という言葉に集約されることは好まない。分類してしまうことで、ものの見方が限定されてしまうことを嫌う姿勢ゆえだ。

「黒と白で形をつくり、その繰り返しや変形をもたらし、そこに垂直や水平方向の回転も加える。そうするとパターンを連続的に並べてシーケンスが生まれることがわかってきました。では、シーケンスを使って色の表現ができるのではないか。黒と白の表現からの展開です。シーケンスというのは、隣り合ったひとつひとつの形が混じり合うことなく続いていくので、グラデーション表現でありながら色を混ぜることなく、連続性をもたせた画面をつくることが可能ではないかと考えました」

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赤と緑の補色関係をはじめ、対となる色で四角と円の組み合わせを繰り返し、画面に生まれるリズムを実験した。
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四角と円の連続。色の順序の法則を読み取ろうとすると裏切られ、それによって鑑賞者の目はどんどん引き込まれていく。

色を画面のパーツとして捉え、コンビネーションとパターンの表現を追求するのに最適なのが14という色の数だった。表現に一定の法則を適用できる色数であり、また、組み合わせの実験をしようとすれば無限に発展させる可能性がある数だと感じたという。ル・パルクは、1959年より自ら構想した14色の表現を継続的に実験すると同時に、透明な素材や金属など異なる表面を用いた表現への展開を試みた。また1960年代には、複数のアーティストと視覚芸術探求グループ(GRAV)を結成。街に出て実験的に人々の日常を巻き込んでいくプログラムを展開してインタラクションの可能性を試すなど、表現言語を限定することなく制作を続けてきた。

「私の作品は、いつも実験の結果として生まれます。まず疑問やテーマを設定して実験を行い、そこで生まれたものを観察する。すると、新たな興味が生まれて実験は発展します。最初から何が生まれるかを想定することはありません。それは通常の作家が絵画作品を制作する姿勢とは異なるのかもしれません。紙の上で行った色の実験を空間的にしたらどうなるかを見てみようと、色紙のカードを並べてみたことから大型のモビールのような表現に展開しました」

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8階に降りると、会場の吹き抜けを活かした大型の体感型作品が展示されている。「天井の高さ、壁との距離などから空間を感じ、身体で色を受け止められる空間になったのでは」とル・パルク。

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「社会」から自由になれる可能性を示す

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『モビール 14色』(2021年) アクリルのパネルを組み合わせたモビールが、自然光を通して入ってくるガラスファサードの作品の色と呼応する。

14色を素材としてとらえ、紙の上の表現から空間に展開させたル・パルク。実験の連続の中で、新たな表現の形が生まれ、今度は色を無くした表現にも発想が広がっていく。

「色の組み合わせから生まれる動きが面白いのであれば、透明な素材や反射素材でも異なる効果が生まれるのではないかと興味が生まれます。反射的になにかを思いついたら、結果を想定しないで実験することが大切なのです。アルミニウムのパネルを組み合わせて『モビール』を制作したら、たくさんの小さな破片が勝手に動き、映り込んだものを乱反射しているのでいつ見ても作品の表情が変わります。しかし、空間を広い視点から見ると、それは集合体としてひとつの存在になっている。実験をすると発見があるので、それが面白くて今でも継続しているのだと思います」

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『モビール』(2021年) 昼には外の明るい光が映り込み、夕方以降になるとまた異なる表情を見せてくれる。

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現在進行形の実験について質問をすると、息子のジュアンとの共同作業で、コンピュータで描いた風景に自身の作品を立体化させる企画のことを話してくれた。「まだ始めたばかりなのでどう発展するのかは予想できないが、壮大な作品になるのではないかと手応えを感じながら実験とリサーチを続けています」。

抽象絵画の原理的な表現への興味から、黒と白を用いた実験を重ね、14種類の色というテーマを獲得。1960年代にはゲームの要素を取り入れて街の人々の参加を促す実験を行い、色と形の実験は巨大なモビールのような空間表現に発展した。70年に及ぶ表現活動の時代ごとのエッセンスを感じ、色の遊びと出会える展示空間では意識の扉が開くに違いない。

最後に「アートに機能があるとしたら?」と問いかけると、「社会にとってアートが有効だ、と大上段から構えるようなことはできないが」と前置きしたうえで答えてくれた。「社会を生きる誰もがそれぞれ役割を持っていて、そこに上下関係などはないはずなのに社会の仕組みに縛られてしまう場合があります。しかし、社会の仕組みにただ追従する必要はないんだ、そこから自由になれる可能性もあるんだ、という気持ちを少しでも与えられるのがアートの機能のひとつではないでしょうか。自分はそんなささやかな何かを表現したいと思っています」

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「仕事で嫌なことがあったけど、展示を見たらなんとなく気持ちが晴れたと感じるようなこともあるはず。アートというのは、日常に寄り添う親密な存在です」

『ル・パルクの色 遊びと企て|ジュリオ・ル・パルク展』

開催期間:開催中〜2021年11月30日(火)
開催場所:銀座メゾンエルメス フォーラム8・9階
東京都中央区銀座5-4-1
TEL:03-3569-3300
開館時間:11時〜19時
※最終入場は閉館の30分前まで
休館日:11月20日
無料
※店内混雑緩和のため、入館はソニー通り側のエレベーターより
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