【東京クルマ日記〜いっそこのままクルマれたい〜】第139回鬱蒼とした森を駆ける姿を何度も想像、 60年前のモデルに「ロールス礼賛」の意味を考えた

  • 写真&文:青木雄介
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シルバークラウドIIはクラシックロールスの中でも一番人気。1959年に登場し、生産された台数は2716台。

作家・開高健はエッセイの中で、パリのシャルトル大聖堂のステンド・グラスの絢爛さを引き立てている闇について言及している。光と闇は不可分であり、中世の闇は現代よりはるかに深かった。いまもってその時代の片鱗なり匂いを感じさせるプロダクトといえば、ロールス・ロイスをおいてほかにはない。息をひそめて浮遊する圧倒的な存在感。現代においてもインテリアは陰影礼賛の世界であり、貴族の馬車さながらにコーチビルダーの粋が尽くされている。

1956年に発売されたシルバークラウドシリーズはロールス・ロイスの歴史において、中世貴族の馬車と現代の高級車技術をつなぐ象徴的なシリーズだ。特にこの61年製の第2世代は、丸目1灯のクラシカルなフェイスをもった最後の世代。エンジンは6.2Lのオールアルミニウム製で、2020年まで続いたベントレーV8エンジンの始祖ともいえる。

おそるおそるイグニッションスイッチを回すと、眠りから覚めるようにエンジンが始動する。60年前のOHVエンジンとは思えない静かさに驚かされながらアクセルペダルを踏み込むと、細身のステアリングホイールからエンジンの息づかいが伝わってくる。2.1トンもの車体を引くエンジン出力をロールス・ロイスは「十分(Enough)」とだけ表現し、非公表にした。引く馬の数を誇らない、完璧な表現。現代の交通の流れにおいても、必要にして十分な出力を保っている。

大きな円を描くステアリングホイールに、美しい木目のフロントパネルにうがたれた5つの円形メーターとスイッチ類。クラシカルな造形をしたオルガン式のペダルは格調高く、アクセルを踏み込めば静かな威厳をもって発進する。

とにかくなにもかもが現代のクルマとは違っている。実際に運転していると、まるで稀代の名優や政治家に会うために設えたタイムマシンのような気がしてくる。ボディオンフレームのラダーフレーム構造でシャシーに載せられたボディは、老舗のコーチビルダーが特別に架装を手がけたボディも多かった。シルバークラウドシリーズは、そんなコーチビルダーたちが腕を存分にふるっていた最盛期とも重なる。

そしてなにより中世と現代をつなぐアイテムとして、最も想像力を刺激されたのは、板バネを使用したリーフリジッドサスペンションの存在。馬車から自動車への近代化を象徴する古典的なサスペンション構造なのだけど、バネ張力のバランスがとれた絶妙な乗り心地は未体験の上質さだった。

現代よりも荒れた道の走行を想定したのだろう。板バネの張りはコップに水を入れた時の表面張力のようにボディを支え、降り積もった雪の上を滑り落ちていくような乗り心地をもたらす。まるで重力を味方にした「魔法の反作用」と言うべきもので、ロールス・ロイスたるゆえんが、この乗り味に凝縮されていると思った。

そしてステアリングを握りながら、夜中に鬱蒼とした森を駆けぬけるシルバークラウドを何度も想像した。陰影に溶け込みつつも、自らが発光するように浮かんでいるだろう姿。その時、もはや「ロールス礼賛」以外の言葉は見つからないはずだ。

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ホイールハウスに沿ってエレガントな流線型を描いているリアビューはため息もの。 

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最高速度は183 ㎞ / hに引き上げられ、パワーステアリングが標準装備になった。

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パルテオングリルの上にはトレードマークのスピリットオブエクスタシーが輝く。

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戦前のロールス・ロイスおよびベントレーも所蔵しているワクイミュージアム。

1961年式 ロールス・ロイス シルバークラウド II
1961 Rolls-Royce Silver Cloud II

サイズ(全長×全幅×全高):5410×1899×1626㎜
排気量:6230cc
エンジン:V型8気筒OHV
最高出力:Enough
駆動方式:FR(フロントエンジン後輪駆動)

ワクイミュージアム
TEL:0480-65-6847
www.wakuimuseum.com