タイプライターをめぐる変遷とMCハマー

  • 文:速水健朗
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(c)buree lalitathada/EyeEm/amanaimages

“デジタル庁”の名でよかったのか。1府11省3庁の中でも唯一カタカナで、なぜかアナログな響きすら感じられる命名。ただ、これに代わるいい案も思いつかない。“電子化庁”だと役割を狭め過ぎだし、“DX庁”では、後に死語化しそう。“電脳庁”でも同じく死語感。“真実庁(ジョージ・オーウェルの小説が元ネタ)”だと皮肉が効き過ぎている。なかなか難しいところ。

微妙なカタカナでいえば、高輪ゲートウェイ駅の駅名もあった。品川駅や渋谷駅などターミナル駅とは違ったセカンドライン、つまりアルマーニにおけるエンポリオやエクスチェンジのような立ち位置の駅といったところ。駅周辺の地価のべらぼうな高騰を防ぐ意味でも、セカンドライン駅を用意しておくのは有効かもしれない。

これは100年前の出来事だが、いまなら炎上するだろうなと思うのが、「トウキヤウ」「オホサカ」など全国の駅名(当時、2200駅)を一斉にカタカナにしようという行政の決定である。ついでに駅名の表記を左読みに変えるということを鉄道省が計画した。1927年(昭和2年)のこと。だが、その直前に新しく就任した鉄道大臣が土壇場で「ノー」と言ってひっくり返る。

「日本語は古来右がきで、それを左がきにあらためることは、一国の歴史・文化を根底からくつがえすことになる」(『日本語と事務革命』梅棹忠夫)というのが新大臣小川平吉の意図だった。皮肉なのは、この新大臣の命令が「エキメイヒダリガキチュウシス」とカタカナだったこと。なぜかというとそれを伝えるための手段が電報だったから。「チチキトクスクカエレ」「サクラサク」など電報の文章は、カタカナの独特な短文。これは文字数に課金され、なるべく短く簡潔にというのが電報の作法だったから。当時の日本人はいまよりよっぽどカタカナに慣れていたということでもある。

時代をさらに半世紀遡る。アメリカの南北戦争後、武器メーカーのレミントン社の製造ラインは、タイプライターの大量生産へ業務を切り替える。この頃から公文書から商業書類までいろいろな分野で文書作成の機械化が進んでいく。印刷技術によって情報の大量生産が可能になったのは15世紀だが、誰もがテキストを大量生産するようになるのは19世紀末のタイプライター普及以降のことだ。

カタカナ化、左書きをめぐる議論が当時の日本でもち上がっていた背景に、こうしたタイプライターの登場があった。ただタイプライターは、表音文字のアルファベット(英語なら26種類)に適応して生まれた機械だ。日本でも文書を機械で作成できる機械をつくるべき、という話になるのだが、そうはいかない、漢字と平仮名が交じる日本語は複雑で、それをカバーしたキーボードを実現するのは困難だった。それならいっそ日本語の方を変えてしまえ。それが当時のカタカナ駅名、カタカナ派の言い分だったのだ。日本語のカタカナ化は、当時としては切実な話だった。一見、炎上案件が、後々よく考えれば、もっともだとなるのはよくある話だ。

MCハマーが『U Can't Touch This』(1991年)で披露していた小刻みにカニ歩きするステップは「チャイニーズ・タイプライター」と呼ばれる。コミカルな動きのステップだが、これがなぜチャイニーズ・タイプライターなのか。MCコミヤの「遣唐使です」が関係しているわけではない。「何万もの文字からなる馬鹿げたほどに巨大なキーボードを操作する中国のタイピスト」の動きから連想されたステップ名なのだという(『チャイニーズ・タイプライラー漢字と技術の近代史』トーマス・S・マラニー著)。ここで指す中国語タイプライターとは、アルファベット圏の人々が想像する“ありえないもの”の比喩だ。“豆腐の角に頭をぶつけて死ぬ”のような表現に近い。

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世界中にダンスブームを巻き起こしたMCハマー。写真は1991年のもの。photo by Getty Images

とはいえ、日本語の“ジャパニーズ・タイプライター”もちゃんと実在している。2000字からある漢字を一字一字拾っていく大きなキーボードの方式の和文タイプライターが大正時代に登場。キーボードは、両手いっぱい広げて使うほどの巨大サイズだ。MCハマーがステップを踏んで移動するほどではないが。

1984年に起きたグリコ森永事件。「どくいり きけん たべたら しぬで かい人21面相」という平仮名の多い文面は、僕の世代(当時、小学4年生)から見ると懐かしさすら覚える。この時の犯人が使っていたのは和文タイプライターである。長文の挑戦状を打つのには、相当な手間があったはずだ。既に日本語の入力装置は、ワープロ専用機の時代にさしかかっていた(1978年に商品化)ので、なぜ犯人が手間のかかる手段を選んだのか。グリコ森永事件をめぐる謎のひとつだ。

デジタル庁が発足した2021年は、スマホの普及率が80%を超え、すでにパソコンの利用率を上回っている時代。タイプライター由来のキーボードという入力装置はすでに衰退に向かっている。いまは画面にタッチして日本語を入録するのがメイン。

キーボードで最初に文字を打つ瞬間には独特の感動がある。映画『タイピスト』は、主人公ローズがタイプライターで自分の名前を打ち、感動を覚える場面から始まっていた。後にタイピストとして早打ち大会のスターになる彼女の人生の第一歩。1950年代を舞台にした2012年のフランス映画である。子どもが機械に触れる瞬間、または、文字(手書きでない)の生産者として情報社会の入り口に立つ瞬間。最初のタイピングとは、通過儀礼である。U Can't Touch This.

速水健朗

ライター、編集者

ラーメンやショッピングモールなどの歴史から現代の消費社会をなぞるなど、一風変わった文化論をなぞる著書が多い。おもな著書に『ラーメンと愛国』『1995年』『東京どこに住む?』『フード左翼とフード右翼』などがある。

速水健朗

ライター、編集者

ラーメンやショッピングモールなどの歴史から現代の消費社会をなぞるなど、一風変わった文化論をなぞる著書が多い。おもな著書に『ラーメンと愛国』『1995年』『東京どこに住む?』『フード左翼とフード右翼』などがある。