ハリスツイードとは、イギリスで生産される特別なウール生地の名称である。特別といっても、カシミヤや海島綿のように繊細でラグジュアリーなものとはまったく別。手触りは粗く、表面は毛が飛び出るほどざらつき、畳みにくいほど分厚い。その一方で様々な色の羊毛が緻密に絡まる色彩には、他に類を見ない奥行きがある。頑丈で寒さを防ぐ実用性と、着続けて飽きない美しさとが奇跡的な出会いをしたのがハリスツイードだ。
誕生したのは海風の吹くイギリス北部のスコットランドのアウター・ヘブリディーズ諸島。いまもこの地で、主にスコットランド産のヴァージンウールを用いて製造されている。諸島に属するルイス島(島の南部はハリス島と呼ばれる)にオフィスがあるハリスツイード協会によると、伝統的な生地づくりが産業化したのは1903〜06年の間。ブランドを保証する円のオーブとマルタ十字を組み合わせた商標の刻印は、5年後の11年。時を経た90年代には新しい織機が導入され、軽く柔らかいモダンな方向性にシフト。一方で品質基準はより厳格化され高級ブランドの仲間入りを果たした。
本来は流行と無関係な生地なのだが、いまのファッション気分にぴったりと思える。コロナ禍で生活の本質が見直されタイムレスなアイテムに魅力を感じるからか、素朴で温もりのある服に癒やされたい心の表れか。世界のハイセンスなブランドもハリスツイードに着目しており、コレクションの中にさりげなく忍ばせている。今回の「着る/知る」は、こうした隠れた名品をクローズアップ。トラッドな服に同生地が使われるケースは多くても、クリエイティブデザインの服はまだ少数。いまを生きる男たちにぜひ着こなしていただきたい3ブランドのラインアップだ。
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スポーツ感覚が新しい、OAMCのセットアップ
昔ながらの厚手生地のニュアンスが生かされた、高品位なデイリーユースのセットアップ。ジャケット¥241,890(税込)、パンツ¥128,260(税込)/ともにオーエーエムシー(エドストローム オフィス TEL03-6427-5901)
最初に掲載するのは、記事冒頭と上の写真のスポーティなセットアップ。ハリスツイードがゆったりとしたシルエットに姿を変えたことで、伝統とモダニズムが融合した個性的な服になっている。着るとあたかも毛布に包まれるような不思議な安心感を得られる。都会と田舎とのシームレスなつながりを感じさせるこのセットアップを手掛けたのは、ジル サンダーのクリエイティブ・ディレクターも兼任するルーク・メイヤー自身のブランド、オーエーエムシー(OAMC)。現在の社会動向を投影させた知的なデザインはここでも健在だ。
老舗コートブランドによる伝統生地ミックスのCPOシャツ
服の各パーツを別の生地で仕立てるクレイジーパターンの服は、一歩間違うと本当にクレイジーになってしまいがち。ところがこの服はそのハードルを難なくクリアし、さらに深いオリジナリティを実現させた逸品だ。ハリスツイードをはじめとする伝統柄のイギリス産ウール生地が組み合わされ、襟と背ヨークはコーデュロイ。すべてカーキ調で揃えられた色彩が統一感を生んでいる。ファッション通によく知られたイギリスの名門コートブランドのグレンフェルが提案する現代版カントリースタイルが、このアウターシャツ一枚で感じられるだろう。
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マーガレット・ハウエルのカジュアルテーラード
今回3つめの傑作ジャケットは、Pen世代にジャストフィットする大人気のマーガレット・ハウエルのもの。トラッドをベースにするイギリスブランドが自国のハリスツイードを使うとこうなるという見本のような一着である。薄手で滑らかな生地は、珍しいミリタリー調のオリーブグリーン。アウトポケットがビッグサイズで胸ポケットが外されたテーラードジャケットは、ワークウエアのごとく気軽に着られる。形もゆったりだからバルキーなニットの上にも羽織やすい。ハリスツイードが持つ味わいや機能性が、最大限に引き出されたジャケットである。
終わりに
着続けてヘタっても擦り切れても、品格が損なわれないのがハリスツイードの底力だ。ウールは汚れが内部に染み込みにくい特性を持つ繊維で、洗濯で落としやすいから毎日着るのに適している。生地が固すぎると感じたら、自宅で水洗いしてしまうのもひとつの手だ。繊維がほぐれて柔らかくなるからである。ただし大抵のハリスツイード製品には、水洗い不可の洗濯表記がついているはず。縮んだり風合いが変わることがあり、表記以外の行動はあくまでも自己責任で。とはいえ本来は農作業などのハードな着方に耐えうる生地なのだから、私見では多少痛めつけるくらいがちょうどいいと思うのだが、皆さんはいかがだろうか。

ファッションレポーター/フォトグラファー
明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
ご相談はkazushi.kazushi.info@gmail.comへ。
明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
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