9月の終わり、緊急事態宣言の終結がギリギリまではっきりしない街の中、小田急線・代々木八幡の駅前だけが静かな熱気に包まれていた。あの「富士そば」の隣り、千代田線・代々木公園駅とも隣接する場所で、待ちに待った味坊グループの新店、「宝味八萬(ほうみはちまん)」が静かにプレオープンしていたからだ。羊肉とパクチーで、日本の中国料理に新しい風を運んだ梁(宝璋)さんの味坊グループ、味坊集団7番目の店は点心の店だと言う。
梁さんの故郷、中国の黒竜江省の料理ではなく、点心=広東料理。味坊集団の新たな挑戦の構想を聞いたのは、足立区にある梁さんのラボだった。「この包子食べてみて」、そう言われて手渡されたのは、先ほど広大な味坊農園で摘んできたばかりの菜の花の包子だった。肉の類いは一切入っていない、しかし、驚くほど鮮烈で豊穣な味わいだった。
「おいしいでしょ、中国では日本の鮨みたいに、その時の旬のものを包子や餃子に仕立てる。日本でも、そんな本国そのままの点心をやりたいんだ」、場所はもう代々木八幡駅前に確保しているという。日本ではまずおいしいものに出会えない腸粉や、広州叉焼、そして、もちろん羊肉。一刻も早く味坊の点心を食べたくて、心が躍った。
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「宝味八萬」には、もう一つ味坊農園での出会いから生まれた新しいドリンクが加わることになった。現代のレモンサワーブームの仕掛け人、新宿ゴールデン街のレサワ王子こと田中開くんが作り上げた究極のレモンサワー用リキュール「リアルレモンサワー」を飲んだ梁さんが、新しい店の名物としてオリジナルのサワーを作りたいと思いついたからだ。

今回、「宝味八萬」のために梁さんが招いた点心師は、本場広州市出身の何偉昌さん。代々木にあった「CHINA GRILL XENLON」で19年間点心師として勤務。その後、「亜細亜食品 点心工場」で工場長も務めた。25年以上、点心一筋の熟練の技で生まれる味は、在日中国人の間でも評判が高く、常に本場の味をそのまま日本に伝えてきた。

現在、味坊集団では「自分たちが作れるものは自分たちで作る」という強いこだわりのもと、店で使う野菜も埼玉県と茨城県にある広大な味坊農園で手作りしている。もちろん、農薬不使用だ。その季節ごとの旬の野菜を、朝収穫してそのまま店に運ぶ。新鮮な野菜のおいしさがあるからこそ、シンプルな味付けにも滋味が満ちている。たくさん収穫した時には、ラボで干したり、発酵したりして、素材を無駄なく使い切る。味の基本となる加工品や調味料なども、添加物をできるだけ入れずラボで手作りされている。

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「宝味八萬」は、点心師がその場で作り、目の前で調理したものを出す店だ。冷凍品や、前日に作ったものではなく、作りたてを食べてこそ本当の点心のおいしさが味わえる。その思いから始まった新店には、従来の味坊集団と同じように、色々なお酒も用意されている。冷蔵庫から自分で出して楽しむ、カジュアルな価格帯のナチュラルワインも豊富だ。
熟練点心師がその場で包む点心を、思い思いのスタイルで自由に楽しむ。話題殺到の奥渋が、さらにエキサイティングになっていくのは間違いない。近くには「PATH」、少し足を伸ばせば「アヒルストア」。ナチュラルワイン好きには、たまらないエリアになるはずだ。
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その場で包まれるからこそ可能になる本場そのままの点心の数々は、どれを食べても外れがない。特に数年前にSNS上で話題になった腸粉は、エビ、牛肉、叉焼の3種類があり、どれも日本では出会えなかった味だ。腸粉は米粉を溶いたものに、浮き粉(小麦澱粉)などを加えて蒸し上げた料理で作り置きができないため、その場で食べるしかなく、テイクアウトさえできない。もちろん、冷凍すれば、その食感も形状もまったく別のものになってしまう。
厨房には、大型の広東風の焼き物の窯もあるので、叉焼系のおいしさは特筆もの、脂の甘さと肉のジューシーさに目を見張る。
現地でしか出会えなかった本格点心の数々を、レサワ王子特製の晩柑サワーや羊香トマトハイ(スパイス入りトマトサワー)などのオリジナルカクテルや、冷蔵庫から自分で選ぶナチュラルワインなどで楽しむ至福の時間。当分、代々木八幡通いが続きそうだ。

宝味八萬
東京都渋谷区渋谷区富ケ谷1ー53―4リコービル1F
TEL:03-5761-6066