【小山薫堂の湯道百選】第六一回 “湯は、夫婦の愛を育む。”

  • 写真:アレックス・ムートン
  • 文:小山薫堂

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「やってみなはれ」が、サントリー創業者・鳥井信治郎の口癖だった話は有名である。しかしこれと対で「みとくんなはれ」という言葉が存在することは意外と知られていない。つまり「やってみる」以上に「やりきる決意」こそが、挑戦にとって最も重要なのだ。

群馬県桐生市の「上の湯」は、昭和初期創業の老舗銭湯である。笹倉幸一さんと妻の文子さんが親族から経営を引き継いだのは約40年前。以来、夫婦二人三脚で湯を守り、街の人々に愛されてきた。ところが今年の2月、幸一さんが病に伏したため文子さんは廃業を決意。上の湯の灯火が消えようとした時「継がせてほしい」と手を挙げたのは、孫の美紅さんとボーイフレンドの津久井篤さんだった。とはいえ、ふたりはまったくの素人。幼い頃から大切な時間をここで紡いできた美紅さんは、どうしても守りたかった。決意とともにふたりは結婚。先代と同じく妻が番台に座り、夫が裏で湯をつくる。しかし、ボイラーの使い方を学ぼうと頼りにしていた幸一さんが、なんと急逝。釜職人から操作を学び、なんとか再開。継承を申し出てから、復活までわずか3カ月。この行動力に驚かされる。

新生・上の湯は、昔ながらの佇まいは残しつつ、番台を男湯と女湯の外に出しサロンのような場所を設えた。地元のパンの販売や図書館のような機能をもたせて交流スペースになればと、ふたりは考えている。「みとくんなはれ」の意気込みに満ちた銭湯は、きっと若夫婦が老夫婦になるまで輝き続けるに違いない。

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JR桐生駅近くにある銭湯。以前は一帯に40軒以上の銭湯があったが、いまでは2軒だけになった。春になると、軒下に藤の花が咲く。「家族みんなで入れる風呂」を目指し、湯はぬるめの42℃。

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番台には先代の妻、笹倉文子さん(中央)と孫の津久井美紅さん(右)が立ち、夫の篤さん(左)が裏で湯を沸かす。

<群馬県桐生市>
上の湯
UENOYU

住所:群馬県桐生市錦町1-8-11
TEL:0277-43-8656
営業時間:14時~21時
定休日:月曜日
料金:一般¥400(税込)

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