時代を超えて愛されるデザイン。日本モダンデザインのパイオニア、杉浦非水の魅力とは

  • 文:はろるど
Share:
東洋唯一の地下鉄道 上野浅草間開通 昭和2年(1927)  愛媛県美術館 非水の代表作として知られるポスター。関東大震災からの復興として、アジア初の地下鉄が開通することをダイナミックな構図でアピールしている。ホームにいる人々の高揚感すら伝わってくる。

まだ図案が模様と呼ばれ、デザインという言葉も確立されていない時代において、さまざまな企業ポスターや広告、装丁などで業績を残した杉浦非水(1876〜1965年)。日本モダンデザインのパイオニアと呼ばれる非水の足跡をたどりながら、デザインの魅力を余すことなく堪能できる展覧会が、東京・墨田区のたばこと塩の博物館にて開かれている。

愛媛県松山市に生まれ、幼少期から絵に興味を持っていた非水は、画家を目指して上京すると、円山派の川端玉章に師事して日本画を学ぶ。しかし東京美術学校在学中にフランスから帰国した洋画家、黒田清輝のもたらすアール・ヌーヴォー様式の装飾資料に魅せられ、図案家としての道を歩みはじめる。そして1908年に三越呉服店の嘱託となり、後に図案部初代主任として1934年に退社するまで約27年にわたって活躍した。その図案は「三越の非水か、非水の三越か」と称されるほどに評判を呼んだという。

非水が図案の制作に当たって重視していたのは、自然から学ぼうとする「写生」の精神だった。「自然は我々の図案心に非常な教訓を与へてくれます。」と述べた非水は、生涯にわたってひたむきに写生に取り組んでいて、植物や鳥類、魚類、虫類といったモチーフ別に編集した写生帖を残している。また非水が原画を担い、多色摺木版画として刊行された『非水百花譜』には、蓮や桔梗、百合などの草花が驚くほど精緻に描かれていて、植物図譜と芸術版画を合わせ見るような趣きが感じられる。そうした非水の写生した自然も本の装丁といった図案へと反映されているのだ。

落ち着きのある女性像や優美な曲線によるデザインなど、「大正ロマン」の作家として位置付けられがちな非水だが、和洋混合のスタイルからアール・デコを超え、明快でかつシャープなデザインへと展開するなど、常に時代を先取りするような作品を描いている。また日本初の図案研究団体「七人社」を結成して、機関紙「アフィッシュ」を刊行したり、多摩帝国美術学校の(現・多摩美術大学)の設立に尽力するなど、図案を普及させるための教育者としての役割も大きい。非水なくし日本のモダンデザインの発展はなかったかもしれない。

展覧会では非水の故郷である愛媛県美術館のコレクションを中心に、ポスター、装丁、パッケージデザインからスケッチ、写真、遺愛の品々などを300点も紹介。圧倒的なボリュームだ。また前期(9月11日~10月10日)と後期(10月12日~11月14日)にて作品が入れ替わる。日本の社会に図案芸術を根付かせようと努め、多くの人々に影響を与えた非水のいまも古びることのないデザインを目に焼き付けたい。---fadeinPager---

Photo05.jpg
『三越呉服店 春の新柄陳列会』大正3(1914)年 愛媛県美術館蔵
非水が初めて本格的に手がけたポスター。蝶や植物の文様の施された室内装飾の中、和装の女性が椅子に腰掛けている。百貨店という新たな都市文化の創出とともに、和洋混合のモダンな生活感が感じられる作品だ。

Photo08.jpg
『スケッチ(植物)』大正〜昭和 愛媛県美術館蔵
瑞々しい色彩が魅力的なあけびのスケッチ。愛媛県美術館が所蔵する植物のスケッチには、『非水百花譜』の下絵と見られるものも残されている。

Photo10.jpg
『アフィッシュ 第一年第一号』昭和2(1927)年愛媛県美術館
非水は1922年から1924年にかけて渡欧し、フランスやドイツのポスターを数多く蒐集している。そして帰国翌年に日本美術学校図案科の学生らと研究団体「七人社」を結成すると、フランス語でポスターを意味する機関紙「アフィッシュ」を刊行した。

Photo12.jpg
『新製口付 紙巻煙草みのり』昭和5(1930)年  たばこと塩の博物館蔵
1930年頃から大蔵省専売局(※)の嘱託となり、デザインワークの指導的立場として活躍した非水。なお常設展示室「タバコの歴史と文化」でも、非水のデザインのよる「響」や「光」といったたばこが展示されている。※タバコや塩、アルコールの製造や販売などに関する事務を担当していた官庁。1949年に日本専売公社の発足に伴って分離独立した。

『杉浦非水 時代をひらくデザイン』

開催期間:2021年9月11日~11月14日 ※前期:9月11日~10月10日、後期:10月12日~11月14日 前後期で展示替えあり
開催場所:たばこと塩の博物館 2階特別展示室
東京都墨田区横川1-16-3
TEL:03-3622-8801
開館時間:11時~17時 ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月 ※9/20、21は開館
入場料:一般¥100(税込)
※臨時休館や展覧会会期の変更、また入場制限などが行われる場合があります。事前にお確かめください。
https://www.tabashio.jp