立ち食いそば屋の店頭に立つ"ブルシット券売機"が、現代社会に戸惑いを与える!?

  • 文:速水健朗

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あるそば屋の店頭に立つ、自動券売機。選択の機会が減った現代において、ブルシット券売機の存在は時に小パニックを起こさせる。写真:Pen編集部

人生はちょっとしたトラブルの集合である。それは何度も起こるし、突然やってくる。そして、そのトラブルの舞台の多くは、券売機の前だ。

立ち食いそば屋の店頭には、自動券売機がある。事前に店外の商品写真で「かき揚げそば」を食べようと決めている。だがボタンを探しても見当たらない。左上の位置から目で追う。かけそば、わかめそば、月見そばと定番が並ぶ。下の段に天ぷらそばがある。隣に「さくらえびかき揚げそば」がある。一瞬、たどり着いた感覚を得るが錯覚だ。さらに右は「コロッケそば」だった。不信感。そもそもかき揚げそばが存在しないんじゃないか? 再度メニューを確認。かき揚げそばはある。でもまだボタンが見当たらない。やばい。次の客が来た。頭の中で警報が鳴る。やばい。やばい。機械が苦手なヤツと思われてしまう。

券売機前の小パニック。こんな時、人は自分を責めがちだが、券売機のユーザーインターフェースの問題もある。店内のメニューと券売機のボタン位置が不一致=「不一致型ブルシット券売機」。そしてボタンの並びのロジックが不明な「ロジック不明型ブルシット券売機」。ブルシット券売機はいくつかの混乱要素が複合して生まれるようだ。

券売機を"ブルシット"と呼んだのは、ネガティブな罵りの気持ちからではなく、“ブルシットジョブ”のことを少し念頭には踏まえているからでもある。ブルシットジョブは、去年翻訳されてベストセラーになったもの。言葉としては、無意味で必要ない労働のことを指す。これを提唱したデヴィッド・グレーバーは、ブルシットジョブを5つの類型に分けている。「取り巻き」「脅し屋」「尻ぬぐい」「書類穴埋め人」「タスクマスター」といった具合である。

210921-pen-01.jpgムダで無意味な仕事、ブルシット・ジョブ蔓延のメカニズムを解明した『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』(デヴィッド・グレーバー著 2020年 岩波書店)

ブルシット券売機も分類が可能だ。冒頭で挙げたメニューの非対称(これは駅の切符の券売機も同じ)、配置の法則がデタラメ、といった以外にどのようなブルシットがあるだろうか。最も普及しているタイプのブルシットな券売機は、ボタン数が多いタイプだ。

単にメニューが多いとボタンは増える。メニューを減らすことで解消される。一方、メニューは多くないのに、ボタンが多いケースもある。ラーメン屋に醤油、塩、味噌、豚骨の4つがあるとする。それぞれの大盛りがメニューとして存在する。さらにトッピングは味玉と海苔。「醤油大盛り味玉のり」などすべてのボタンの組み合わせを考えると、32通り(計算に自身がないけど)。ボタンが多くて失敗している券売機は、「スリーマイル島型ブルシット券売機」と名付けておこう。

1983年に起きたスリーマイル島の原発事故は、冷却水の温度上昇を止められなかったために起きた。原発には数多の予備冷却機能が付いていたが、技師たちはうまく作動させられなかった。マニュアルを読まなかったから? いや、制御室のスイッチが多過ぎたのだ。100の計器と600の警告ランプがあったという。マニュアルを読んだところで、混乱は増すばかり。事故調査の結果、原因は設備室の設計にあったという結論に落ち着いた。*(『誰のためのデザイン? 増補・改訂版 ―認知科学者のデザイン原論』D・A・ノーマン)

ライフハックも交えよう。券売機には、一番左上にあるものを頼めばいいという説がある。たしかに左上のボタンは、誰もが最初に目を留める場所で、ここに定番やお薦めメニューが配置されている。それを頼んでいれば迷うことはない。ただ、そこに「日替わり定食A」「本日の特売丼」などが置かれていたらどうなるか。今日の日替わり定食の中身を確認するために、その情報を別途どこかで手に入れなければならない。「日替わり定食型ブルシット券売機」である。

古い券売機がダメなわけではない。新しいものでもダメなケースは多い。液晶パネル式も増えたが、それはそれで手数が多くなるのもよくある話。まず「持ち帰り」か「店内」か選び、次に使用する言語を選ぶといったもの。手数が多いだけではブルシットではないが、自社サービスの売り込みで手数が増えているのは鼻白む。セルフ式ガソリンスタンドの機械が自社のクレジットカードか一般のクレジットカードかの選択を迫ったり、鉄道系ICカードのチャージでも自社の独自ポイントを優先させたりはイラつく。手数が無題に多い券売機は、「ヴァンダレイ式ブルシット券売機」としておこう。元ネタのヴァンダレイ・シウバは、攻撃の手数がとにかく多く、相手を混乱に陥れるタイプの格闘家だった。

選択肢で混乱を誘う券売機もある。ある牛丼屋の券売機は、分野を選択する方式だ。その分類に「プレミアム牛丼」と「丼」の選択をさせる。さて問題。普通の牛丼はどちらにある? ふつうだから丼を選びたくなるが、ここには「牛」以外の丼が並ぶ。とはいえプレミアム牛丼の中に普通の牛丼がない。オチは、プレミアム牛丼がふつうの牛丼というもの。

思い出すのは、ヘルメスの泉の話だ。木こりが泉に斧を落とすと泉からヘルメスの神が現れ、「お前が落としたのは、金の斧か銀の斧か」と尋ねる。ちなみに正解はどちらでもなく鉄の斧で、それを正直に申告したという寓話。正解のない間違った二択を出すのは、寓話の中だけにしてほしいもの。ということで、選択肢でトラップを仕掛けるタイプの券売機は「金の斧型ブルシット券売機」である。

もちろん、券売機は多くのメリットがあるから存在している。人手不足解消に役立っているし、金銭を直接触れずにやり取りできる衛生面でのメリットもある。ブルシット券売機は無駄で唾棄すべきものかというと、必ずしもそうではない。

SNS社会では、知らないうちに選択の機会がごっそりと減っている。友だちの薦めるニュースや商品にいいねと共感を示し、それにひもづいた選択の結果が自然に身の回りに流れてくる。移動もスマホのマップが行き方を示してくれる。自ら選択したと思ったものが、実はアルゴリズムで単に選択させられていて気付いてない場合すらある。ユーザーフレンドリーなSNSサービスによりなめらかな選択を受け入れている日常の中で、突然ブルシットな券売機が現れるから驚いてしまう。券売機への戸惑いは、現代社会のあり方に所以したものなのだ。

そんなブルシット券売機もある日突然、アップデートされるかもしれない。ボタンがなくなり、「あなたの好みは」と勝手にメニューを薦めてくれるようになるだろう。当然、ネットワークに接続され、自分の好みも把握されている。そんな券売機、それはそれで、ブルシットだ。使いづらくて文句を言っていたほうがまだマシだったなと思う日が来るのかもしれない。

速水健朗

ライター、編集者

ラーメンやショッピングモールなどの歴史から現代の消費社会をなぞるなど、一風変わった文化論をなぞる著書が多い。おもな著書に『ラーメンと愛国』『1995年』『東京どこに住む?』『フード左翼とフード右翼』などがある。

速水健朗

ライター、編集者

ラーメンやショッピングモールなどの歴史から現代の消費社会をなぞるなど、一風変わった文化論をなぞる著書が多い。おもな著書に『ラーメンと愛国』『1995年』『東京どこに住む?』『フード左翼とフード右翼』などがある。