ピアニスト・上原ひろみインタビュー|困難な状況を音楽で乗り越える、そのための閃きと不屈の調べ【創造の挑戦者たち#57】

  • 写真:野村佐紀子
  • 文:中安亜都子
  • ヘア&メイク:神川成二

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1979年、静岡県生まれ。6歳よりピアノを始める。バークリー音楽院在学中に米国のジャズ・レーベルと契約し、2003年『Another Mind』でデビュー。16年、アルバム『SPARK』が全米ジャズ・チャートで1位を記録。今年7月、東京2020オリンピックの開会式に出演し、演奏を披露。www.hiromiuehara.com

昨年3月、世界中に新型コロナウイルスのニュースが伝わる中、上原ひろみはサンフランシスコにいた。北米ツアーの途中だったが、カリフォルニアに非常事態宣言が発令され、予定されていた公演はすべてキャンセルになってしまったという。どうしようかと考えた末、東京に戻り様子をうかがうことにした。

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ステージ上で思い至った、クラシックとの共演

こうした状況の下、付き合いのあるジャズクラブで“SAVE LIVE MUSIC”と銘打ち、昨年8月から9月まで16日間32公演をすべてピアノ・ソロで行った。当時の心境をこう語る。

「演奏が終わって会場でひとり座って考えました。このステージで次は誰と演奏したいか、なにができるか。いまだからこそ新しいことをやろう、ライブを数多くやろうと思いました。ネガティブなニュースばかりなので、なにかつくり出したいという気持ちが強くなるうちに、“絵”が見えてきたんです。ピアノと弦楽四重奏という絵柄です。実際、ステージに椅子を4脚置いてみたらインスピレーションが湧きました」

弦楽四重奏とは、2挺のバイオリン、ビオラ、チェロという編成。そこに彼女のピアノが加わり、クインテット(5人編成)になる。

「楽器の編成をどうするかでインスピレーションが湧いてくる。弦楽四重奏との曲をつくろうと思い、まずバイオリニストの西江辰郎さんに連絡して、プロジェクトに参加してほしいと伝えました」

西江は新日本フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターで、上原が2015年に新日フィルと共演して以来、交流があるという。譜面を正確に弾くことが基本であるクラシック音楽の演奏家たちとの共演なので、ジャズでは当たり前のように行われるアドリブなど、演奏家同士のコール&レスポンスのパートも譜面に書いた。

「譜面には各々が呼応し合っているように書きましたが、それが重要だったと思います。また、彼らとは共通言語が違う。クラシックの中でいちばん美しいとされるタイム感があって、それはジャズの世界のタイム感とは違う。その擦り合わせに最も時間がかかりました」

切れ味鋭い弦楽四重奏団の演奏と、自在に鍵盤を行き来するピアノ演奏はあたかもポップな現代音楽を思わせる。これまで培ってきた音楽に新たな側面が加わった。

デビュー以降、さまざまなアーティストらと共演し、コラボレーションを組んできた。チック・コリア、スタンリー・クラークらアメリカのジャズ音楽家、コロンビア出身のハープ奏者、エドマール・カスカネーダ、近年ではロック・ドラマー、サイモン・フィリップスと、ファンク、R&Bのベーシスト、アンソニー・ジャクソンと組んだザ・トリオ・プロジェクトの記憶が新しい。

「一緒にやりたい人がいて、やってみたい音楽があって、自然と引き寄せられているだけなのです。次は誰とやろうとか、あまり考えたことはなく、もっと野生的に赴くままというか。これ食べたい、では食べようみたいな(笑)」

前もって企画するわけでもなく、自ずと閃きが生まれ、そこから音楽としてかたちになっていく。ジャズを基本にしつつ自由闊達な彼女が響かせる音楽は、カテゴライズすることが難しい。しかし、どんなジャンルの音楽であれ、イマジネーションを膨らませ、追求していくことでオリジナルの表現へとたどり着いていくものなのだろう。

「自分の中でアルバムをつくりたいと思う瞬間がある。前回のザ・トリオ・プロジェクトもツアーをしていくうちに、もう1枚つくりたいとアイデアが出て、結果的に4枚になった。“SAVE LIVE MUSIC”はシリーズ3まで行い、80ステージ演奏しました。でも、このプロジェクトは終わることがすべての人のため。ライブの場が平常に戻ることがベストなので」

ライヴ救済のステージから生まれた新作は、コロナ禍終息への祈りとも受け取れる。弦楽四重奏団との共演から、彼女はまたその先へと向かう。

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WORKS

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Photo by Makoto Ebi

「SAVE LIVE MUSIC」
コロナ禍で苦境にあるライブ・ハウス救済を目的にした、青山ブルーノート東京でのライブシリーズ。2020年8月の公演を皮切りに、これまで3シリーズ80公演を行った。前半はピアノ・ソロ、12月から弦楽四重奏団が加わったピアノ・クインテットという構成で公演。

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『シルヴァー・ライニング・スイート』
ピアノ+弦楽四重奏団という編成による新作。鋭角的に切り込んでくる弦楽器と、リズミックなピアノの共鳴からうねりが生まれている。タイトルの組曲の他、交友関係のある音楽家たちとのコラボ用に書き下ろした作品など全9曲。新たな表現に挑んだ作品。

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JAPAN TOUR 2021「SILVER LINING SUITE」
新作のレコーディングに参加した弦楽四重奏団とともに、今年11月から12月にかけて全国をツアー。12月9日、27日、28日のBunkamuraオーチャードホールでの3日間の公演の他、札幌、仙台、名古屋、松本、大阪、広島、福岡にて全12公演を予定。