【Penが選んだ、今月のアート】
国立競技場の設計に参画する際に制作した膨大な模型の一部の紹介から始まる、建築家・隈研吾の展覧会。展示を構成する5つのキーワードは、「ネコの視点」に基づいているという。なぜネコなのか? 建築家がネコの視点をもち、見えてきたものとは?


「統計というものと個人というものの折り合いのつけ方がわからなくなって、みんなが絶望という穴に落っこちてしまったように思います。個人というのは統計とは無関係な、自由な存在。統計を信じてると、我々が生きるナマな現実から乖離してしまう。統計上は全員すでに死んでいる(笑)」
コロナ禍における世の状況を隈研吾はどう捉えているのか。都内での隈の展覧会の開幕直後に尋ねると、そう考えを語ってくれた。
昨年予定されていた展覧会が一年延期に。準備を進めながら、いま、なにを伝えるべきかと考えを巡らせた様子を本人は次のように記してもいる。
「コロナ禍の最大の教訓は、ハコは危ないということ。考えてみれば、いままではまったく逆の事を教えられてきた。ハコの中で働くことが効率的であり、最も安全であるとされてきた」
「コロナ禍は違う感情を僕らにもたらした。なぜなら、僕ら自身が生命の危機にさらされて、ハコから飛び出して、文字通りハコから逃げ出さなくてはならなかったからである。それは、政治や経済のロジックを超えた、生命の本能が命じた移動である」
隈自身もハコを出て歩く中、「ハコの外にこんなにも大きな可能性がある」と実感したという。そして、ある動物にヒントを得た。ネコたちだ。
かくして近代建築の五原則ならぬ「ネコの五原則」が誕生。「孔」「粒子」「やわらかい」「斜め」「時間」の5つに沿って、手がけてきた公共性の高い68のプロジェクトが紹介されている。
ところで、隈が建築家を志したのは、1964年の東京オリンピックで目にした丹下健三設計の国立屋内総合競技場に衝撃を受けたのがきっかけだったという。その丹下は61年、未来に向けた「東京計画 1960」を発表、東京湾に海上都市を提案していた。
今回、隈は「東京計画2020」も披露しており、これも見どころのひとつだ。「ネコちゃん建築の5656原則」とし、自宅のある神楽坂で生きる半ノラのネコの生態リサーチに基づく。導き出されたのは「テンテン」「ザラザラ」「シゲミ」「シルシ」「スキマ」「ミチ」。人工都市を俯瞰した丹下の視点とは対照的に、地面に近い視点だ。
「彼ら(ネコ)は、ハコの外に飛び出して、公共空間を見事に使いこなしているだけでなく、ハコ自体にも自由に出入りして、ハコというものを内部から無効化しようと企んでもいる」
「ハコをすぐに壊せるわけではないし、ハコを即、壊す必要もない。その生き方、方法こそ、僕らは学ぶべき」
そう述べる隈は、「休日があれば、文章を書いているか、歩いていますね」と教えてくれた。
「先日も、神楽坂の狭い路地を、まさにネコさながらウロウロしていました。暗くて狭い、素敵な階段を見つけ、その上に隠れるようにあった可愛らしい店を発見したところです」
各建築に込めた思いはもちろん、建築と建築の間の隙間の可能性も示す、隈研吾のいまの視線。未来に関するしなやかな視点の重要性に気づかされる。



『隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則』
開催期間:6/18~9/26
会場:東京国立近代美術館 1F 企画展ギャラリー
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)
開館時間:10時~17時(月~木、日) 10時~21時(金、土)
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月(8/30、9/20は開館)、9/21
料金: ¥1,300(税込)
開催の詳細はサイトで確認を
https://kumakengo2020.jp/
※臨時休止、展覧会会期や入場可能な日時の変更、入場制限などが行われる場合があります。