70年代の日本で大流行した「マジソンバッグ」。その本場モノを知っているか?

  • 写真&文:小暮昌弘
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頑丈なキャンバス素材で、スクエアなデザインは収納力もある。赤やブルーの色合いもスポーツブランドらしい。アメリカのウェブサイトのカタログを見ると、最近の同社のバッグはメジャーリーグやNHLなどのチームのマークが入ったものなども揃っているようだ。

アメリカ・ニューヨークにある「マジソン・スクエア・ガーデン」をご存知だろうか? NBAのニューヨーク・ニックスやNHLのニューヨーク・レンジャースの本拠地で、プロレスやレスリングなどの興行が行われ、アントニオ猪木やジャイアント馬場もリングに上がったと聞く。まさにスポーツの殿堂だ。

その名前を冠したバッグが、1960年代末から70年代にかけて日本で一世を風靡した。通称「マジソンバッグ」、ボストンバッグの典型的なデザインで、黒やネイビーのナイロン素材のボディに「MADISON SQUARE GARDEN」の文字が入る。流行した頃、私はまだ小学生だったが、姉や兄たちが必死になって探していたことをよく覚えている。当時、2000万個も販売された、まさに大ヒット商品だ。

1986年だと思うが、初めてニューヨークに行くことになった時、「マジソンバッグはニューヨークに本当にあるか」という“おバカな”企画を立てた。実はマジソンバッグは日本の大手鞄メーカーが独自で考案したもので、ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンでは販売されていないことは企画した当初から知っていた。その代わり、マジソンスクエアガーデンには「GERRY COSBY(ジェリー・コスビー)」というアイスホッケー専門のショップがあり、そのショップではカラフルなダッフルバッグが販売されていた。日本で大流行したマジソンバッグをフックにして、マジソン・スクエア・ガーデンで販売されている本物の“マジソンバッグ”を紹介するという企画だったが、ページになったかどうかは正直覚えていない。でも取材したことは確か。なぜなら手元に取材の折に手に入れたそのショップオリジナルのダッフルバッグがあるからだ。

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おそらくラージサイズだと思う。サイズはW64×H33×D30cm(個人の計測)。素材はコットンキャンバス。スティックは入らないが、ヘルメットや防具などを入れて運ぶためのバッグではないか。当時、30ドルくらいで購入した覚えがある。

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ハンドル部分はキャンバス素材を巻くようにつくられている。持ちやすいように、同じ素材でグリップまで付いている。

スポーツ選手のマネージメントで有名なIMGのサイトによれば、ジェリー・コスビーは1909年生まれのアイスホッケー選手。プロチームを含む数々のアイスホッケーチームでゴールキーパーを務めただけでなく、30年代からアイスホッケーチームのエクイップメントやホッケーユニフォームのデザインを手がけ、58年にはマジソン・スクエア・ガーデンにショップを設けたと書かれている。

35年前にそのショップで私が購入したバッグは2種類。長方形と正方形に近いスクエアなデザインで、素材は屈強なキャンバス=帆布製だ。同素材のハンドルも頑丈そのもので、本体をぐるりと回すように太めの糸で縫われ、ベルトにはリベットまで打たれている。ファスナーも両側どちらからでも開くダブルファスナーで、端まで開くようにできている。重たく大きなアイスホッケーの道具や靴などが収納しやすく、使い込んでいっても簡単には壊れないようにと、素材とデザインを考えたに違いない。私はバッグ用として使ったことはなく、衣服や靴などの収納用にしていたので、35年を経過したいまでも、マークなどには経年変化を感じるが、それほど傷んではいない。

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こちらがミディアムサイズ。サイズはW45×H27×D28cm(個人の計測)。スクエアなフォルムなので、靴を箱ごと入れて置くのにはとても便利。引越しの時にもこのバッグに靴を入れて運んだ。

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「GERRY COSBY」のタグはプラスチックで、ひもは意外にも革。ファスナーは日本のYKK。

同サイトを読むと、驚くことに、現在でも内外の大学、NHLなどのチームに商品を提供しているだけでなく、マサチューセッツ州シェフィールドに自社工場を構えていると書かれている。もちろん私が35年前に行ったマジソン・スクエア・ガーデンのショップも健在で、ウェブサイトを見ると、バッグの種類も増え、35年前のショップにはなかったNHLのチーム名入りのバッグなども揃っている。数年前にニューヨークに取材に行った時にはマジソン・スクエア・ガーデンのあるペンシルベニア駅で降車し、近くのダイナーでコーヒーも飲んだ。なぜこのショップを思い出さなかったのか? 本当に悔しい。

次回、ニューヨークを訪れることがあったらぜひともいまの「GERRY COSBY」をまた見てみたい。アメリカに工場がまだあるなら、そこものぞいてみたい。帆布の生地は何号で、どこ製? 生地を縫うのはどんなミシンだろうか? 編集者としての血がまた騒いでしまう。

小暮昌弘

ファッション編集者

法政大学卒業。1982年から婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に勤務。『25ans』を経て『MEN’S CLUB』に。おもにファッションを担当する。2005年から07年まで『MEN’S CLUB』編集長。09年よりフリーランスとして活動。

小暮昌弘

ファッション編集者

法政大学卒業。1982年から婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に勤務。『25ans』を経て『MEN’S CLUB』に。おもにファッションを担当する。2005年から07年まで『MEN’S CLUB』編集長。09年よりフリーランスとして活動。