絶対にハズさない、“はじめまして”のシングルモルトを選ぶなら?

  • 文:西田嘉孝

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20代の頃、日本で初めてのウイスキー専門誌として創刊された雑誌の編集部に在籍していた。世界的なウイスキーブームが続くいまでは隔世の感があるが、当時(2000年代初頭)のウイスキー業界は「冬の時代」と言われていた。スコッチのシングルモルトにこそブームの兆しはあったが、その楽しみはまだまだコアな酒好きたちだけのものだったし、ウイスキーの世界へと足を踏み入れる敷居はいまよりずっと高かったように思う。

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その頃の僕はただの酒好きの若僧だったけれど、ともに誌面をつくった編集長やテイスター各氏、つくり手の方々や全国の名だたるバーのバーテンダーさんたちから色々なことを教えてもらって、ウイスキーに深く魅了されていった。そして気がつけば15年以上も業界の片隅に身を置き、いまもPenをはじめとする雑誌などでウイスキーに関する記事を書かせてもらっている。

とはいえ20代の頃は、取材で対峙する大先輩たちや、30年、40年と熟成を重ねた僕よりも年上のウイスキーを前に、自分が不相応な世界に足を踏み入れてしまったように感じることもよくあった。

ときには、スコッチのゴールデンエイジとされる60年代生まれのシングルモルトや禁酒法時代のバーボンなど、いまではありえないようなウイスキーを飲ませてもらい、その旨さに驚き感動しつつ、同時に恐縮したり畏敬の念を感じたりもした。「この複雑で奥深い香味がお前のような若僧にわかるのか」と、グラスの中から語りかけてくるウイスキーに当時はただ圧倒されてばかりいた。

そんなわけでその頃は、いつも少しだけ緊張しながらウイスキーに向き合っていたように思う。そんな僕に、純粋にウイスキーを味わう喜びや、日常にウイスキーがある楽しさを教えてくれたのが、「グレンフィディック」だった。
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シングルモルトの“パイオニア”

世界にはさまざまなウイスキーがあり、それぞれにバックグラウンドがある。そうした色々なウイスキーを飲んでそれぞれに違った香りや味わいを知り、歴史や製法などの背景にまで思いを巡らせることで、ウイスキーはどんどん楽しくなる。

とりわけ、ひとつの蒸留所で、大麦麦芽と水と酵母だけを原料につくられるモルトウイスキーを意味するシングルモルトなら、それぞれの蒸留所ごとの個性を明確に感じることができる。「グレンフィディック」は、そんなシングルモルトの“パイオニア”とも呼ばれるウイスキーだ。

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スコットランド先住民の言語であるゲール語で「Glen」は「谷」を、「Fiddich」は「鹿」を意味する。つまりグレンフィディックは「鹿の谷」の意味。そんな蒸留所名にちなみ、ラベルには鹿のマークが描かれる。

いまも100以上の蒸留所が稼働するウイスキーの本場であるスコットランド、なかでも多くの蒸留所が集中するスペイサイドエリアのダフタウンに、グレンフィディック蒸留所が建設されたのは1887年のこと。創設者はウイスキー業界で最も成功した人物のひとりとして知られるウィリアム・グラント。しかし当時は資金不足で、息子や娘たちと家族総出で石を積み上げて蒸留所をつくり、カーデュー蒸留所などから安く譲ってもらった形もサイズも不揃いなポットスチルでウイスキーづくりを初めたという。
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常に世界ナンバーワンの出荷量

そんなエピソードも有名なグレンフィディックの快進撃は、現在も飲み継がれるブレンデッドウイスキーの「グランツ」を世に出した1898年から始まる。さらに1963年にはシングルモルトウイスキー(当時の表記はストレートモルト)の「グレンフィディック」を発売。当時、スコッチウイスキーとして市場に出回っていたものはほぼすべて、個性の強いモルトウイスキーに比較的ニュートラルな味わいのグレーンウイスキーを混ぜ、飲みやすくしたブレンデッドウイスキーだった。

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蒸留所を訪れた当時に撮影したグレンフィディックのポットスチル。写真のランタン型とボール型の他にストレート型のスチルがあり、老朽化による代替わりや増設などの際にも、創業時のままのサイズや形状が踏襲される。

「グレンフィディック」はそんな時代に、他の蒸留所に先駆けてリリースされたシングルモルトであり、その成功によってシングルモルトの世界的な普及に大きく貢献したウイスキーだ。いまもその人気ぶりは凄まじく、世界180カ国で飲まれる量は年間で1800万本以上。スコッチのシングルモルトとしては常に世界ナンバーワンの出荷量を誇り、日本でも比較的手軽な価格でスーパーなどの棚にも並ぶ、最も手に入れやすいシングルモルトでもある。

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“あの頃”から変わらない「グレンフィディック12年」

僕がウイスキーの世界の入り口に立っていた当時からこの十数年で、何度かのリニューアルを経た「グレンフィディック12年」を、いま改めて飲んでみる。

グラスに鼻を近づけるとまず感じるのは、グレンフィディックの特徴である洋梨や爽やかな柑橘、そして白い花を思わせるフローラルな香り。さらにはシナモンを思わせる若干のスパイスや、心地よい樽のオーキーなニュアンスも感じることができる。

飲めばバナナなどの少し熟したフルーツやふくよかな麦の甘みが口の中に広がり、優しい甘みとほのかな苦味が感じられる軽快なフィニッシュへとつながっていく。フルーティなスイートさが増すロックや、爽やかな柑橘と少しビターなフレーバーが心地よくせめぎ合うハイボールなど、シーンを選ばずあらゆる飲み方で万能に楽しめるのも、“あの頃”から変わらない「グレンフィディック12年」の特徴だ。

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熟成に使用されるのはアメリカンオークのバーボン樽とヨーロピアンオークのシェリー樽。両者の美点がバランスよく融合した完成度の高いスペイサイドモルトだ。

ウイスキーが気になっているけれど何から飲めばいいかわからない。そんな人にはまず「グレンフィディック12年」を飲んでみて欲しい。誰にでも優しく、そして懐の深い味わいで、きっとあなたがまだ知らない愉しみに満ちたウイスキーの世界へといざなってくれるはずだから。

西田嘉孝

ウイスキージャーナリスト

ウイスキー専門誌『Whisky Galore』 やPenをはじめとするライフスタイル誌、ウェブメディアなどで執筆。2019年からスタートしたTWSC(東京ウイスキー&スピリッツコンペティション)では審査員も務める。

西田嘉孝

ウイスキージャーナリスト

ウイスキー専門誌『Whisky Galore』 やPenをはじめとするライフスタイル誌、ウェブメディアなどで執筆。2019年からスタートしたTWSC(東京ウイスキー&スピリッツコンペティション)では審査員も務める。