ブランド戦略の専門会社、バニスターの細谷正人です。ブランドをつくる仕事をしています。
例えば、ガム、煎餅、チョコレート、バナナ、牛乳、医薬品、洗剤、シャンプー、歯磨き粉、コーヒー、日本酒、ビール、ワイン、ペットフード、おむつ、洋服、血圧計、水、コピー複合機、自動車、遊園地など、ガムから家まで、今までさまざまな業界のブランドづくりに20年以上携わってきました。Penでのはじめてのコラムですので、今回は自己紹介とブランドづくりについて話したいと思います。
時代は変化し、モノが簡単には売れなくなった。そう言われ続けています。商品の購買を促すためには、単に市場や競合製品を分析して、そのモノの優位性を押し出すだけでは不十分です。短期的な視野だけでは、生身の人間のリアルな感情が抜け落ちています。人が買うか買わないかの前には、好き嫌いがあり、喜怒哀楽があり、その人にとって大切な記憶と五感はブランドにつながっています。人間の心の奥には無数の感情がうごめいているのです。
ブランドは、人の記憶や知覚の中に形成される有形無形の総和です。僕らのブランドづくりでは、競合との「差別性」と生活者との「適切性」を相互に考えていきます。
僕はブランドをつくるという仕事を通して、人の暮らしを深く見つめ、数字には現れない生身の人間の感情や欲求を探しつづける旅をずっとし続けてきたように思います。そして本心からその旅を楽しめないと、様々な商品や企業のブランドを考えつづけることはできなかったかもしれません。
大事なのは消費者ではなく、人の感情を見つめようとすること。なぜなら、ガムから家まで、自らの感情や欲求と対話しながら、ひとりの人間がブランドを選ぶからです。その過程には必ず、人とブランドとが強い絆で結ばれている理由が隠されています。
僕は、人間の性根を探ることでブランドの価値が見つけることができるはずだと信じてきました。そして今、ゆっくりと動き始めていた価値観の変化が、このコロナウィルスによって急加速し、ブランドづくりは方法論ではなく、人の感情を揺さぶるような確かな意志が価値づくりとして大事になってきたのです。
コロナの影響以外にも課題はあります。ECなどのデジタルブランドは機能性や利便性がある一方、デジタルデバイスの中でブランド経験が完結してしまい、リアルで身体的な接点や体験がない結果、ブランドへの愛着が生まれにくいという現状もあります。例えば、ECブランドで言えばポイント還元や割引率の内容がブランド選択の基準になってしまうことも多くありません。
決してリアルなことだけが愛着を生むとは言えませんが、近ごろ、リモートワークが増えたことで、周辺地域が見直され、都心郊外では商店街が活気を取り戻し、地域のコモンが生まれているそうです。野菜や鮮魚を店主とコミュニケーションしながら商店で買い物をする愉しさが見直されてきたのは、Amazonや楽天などの利便性を追求した体験価値に対する反作用でしょう。
2020年をきっかけに、経済成長を目指した従来のブランド論とは異なる視点で、本当にこれからの未来にとって望ましい、“よい”ブランドとは何かを考えるときがやってきました。単に技術や利便性などの機能を競いあうのではなく、人にとって幸せで豊かな絆とは何かを考えてみようというヒューマンスケールによるブランドの到来です。
僕がブランドづくりをしている中で良かったと思う時は、ブランドが生まれた後、人がそれを使ったり食べたりして、“よい”生活がおこなわれている情景を見るときです。日暮れ時、一軒の家の前を通ったときに、家の中に明るい明かりがついて、そのブランドを囲み、一家の楽しそうな生活が感じられるとしたら、それが作り手にとってもっとも嬉しい一瞬なのではないかと思います。ブランドをつくることによって、そこに新しい人生や新しい充実した生活が営まれ、社会の新しい繁栄が期待される、そういったものを製品や企業の上にのせ、必要な文化や感性を加えて、そのすべてを今よりもっと豊かな気持ちに変えることが出来たらと考えているのが僕たちの仕事なのだと思います。
人は記憶を頼りに、生きている動物だそうです。視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚といった五感につながる情緒が人を豊かにします。人は、自らの五感が呼び起こされ、その五感と向き合うことでその存在を肯定することができます。それを僕はブランドにおける「原風景」と表現しています。
大事なのは、自分の中から生み出すことからうまれる意志のあるブランドづくりです。そして、それらを通して他者と理解しあい、俯瞰した鳥の目で見つめ、自らが他者の立場にたった能力を磨くことが、ブランドづくりの仕事に求められています。
ですので、このコラムでは、どんなブランドをつくると良いかという話はしないつもりでいます。それはマーケッターやデザイナーなどのコミュニティーで話をすれば良いので、ここでは普段の暮らしの中で、五感や記憶と向き合ったときに、どのようなブランドがあると“よい”のかを考えてみる実験をします。
1つの視点は国内外問わず、僕が選んだこれからの未来に伝えていきたいGood Brandの事例について、2つ目は僕自身の暮らしの中で感じた出来事についても書き留めていきたいと思います。具体的には、街、空間、自然、音楽、舞台、アート、料理、旅などから、僕が“よい”と感じた五感や記憶について備忘録的な内容になれば良いと思っています。
皆さま、どうぞお付き合いください。

ブランディング・ディレクター
NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター株式会社を設立。同社代表取締役。P&Gや大塚製薬、サイバーエージェント、ワコールなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、人財育成まで包括的なブランド構築を行う。主な著書に『ブランドストーリーは原風景からつくる』、『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(いずれも日経BP)。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。
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NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター株式会社を設立。同社代表取締役。P&Gや大塚製薬、サイバーエージェント、ワコールなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、人財育成まで包括的なブランド構築を行う。主な著書に『ブランドストーリーは原風景からつくる』、『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(いずれも日経BP)。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。
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