五輪開会式前日に、NHKが『映像の世紀』と『いだてん』を再放送した本当の理由

  • 文:福田フクスケ

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NHK公式サイトより  (C)NHK

あえて7月22日に再放送された2本の番組

コロナ終息の目処がまるで立たない中、どうなれば「安全・安心」なのかの基準すら何ら示されず、半ばなし崩し的に開幕した東京オリンピック。思えば、世界がコロナ禍に見舞われるずっと前から、日本のオリンピック開催にはすでに暗雲が立ち込めていた。

安倍首相(当時)の「アンダーコントロール」発言、国立競技場ザハ案の白紙撤回、エンブレムの盗作疑惑、迷走する暑さ対策、JOC会長の贈収賄容疑、コロナ禍以降も組織委員会会長の辞任、開閉会式演出チームの解散、クリエイティブ・ディレクターの辞任……など、あらゆる疑惑やトラブルが噴出した。

驚くべきことに、そのほとんどがコロナ禍とは無関係に起きた日本国内の問題である。果たして最初から日本に開催国たる資格や能力があったのか疑わしくなる、そんな中、開会式前日の7月22日にNHK総合で2本の番組が再放送された。

1本は、2020年1月3日に放送されたドキュメンタリー『映像の世紀 プレミアム』の第15集「東京 夢と幻想の1964年」。もう1本は、2019年の大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』の総集編である。

どちらも、まだ世界がコロナウイルスの脅威を知らず、オリンピックが予定通り開催されると信じて疑わなかった時期に本放送されたものだ。一見、2020年の東京五輪を挙国一致で盛り上げるためのプロパガンダ的な放送なのだろうと思ってしまうが、その内容は予想をいい意味で大きく裏切るものだった。

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ドキュメンタリーが映し出す、1964年東京五輪の暗部

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NHK公式サイトより  (C)NHK

『映像の世紀 プレミアム』は、今なお不朽の名作ドキュメンタリーとして名高いNHKスペシャル『映像の世紀』(1995-1996年)の後継シリーズとして製作されている番組だ。当時の貴重な映像を集めて映し出されたのは、1964年の東京五輪に間に合わせるために強行された、無謀な都市計画である。

ひどい交通渋滞が常態化していた都心の貧弱な道路インフラを整備するために、わずか5年の準備期間で30kmの首都高速道路を建設。多くの川を埋め立てて道路が作られ、古くからの地形や景観は失われた。突貫工事には、当時「売血」で日銭を稼いでいたような日雇い労働者が駆り出され、過酷な労働環境で人命が軽視されていた。

また、東海道新幹線の開通やホテルニューオータニの開業といった最新技術や文化の粋が集められる一方で、NHKが1964年6月に都民に行った世論調査では、「近頃どんなことに関心を持つか」に「オリンピック」と答えた人はたったの2.2%。「他にするべきことがあるはず」と答えた人は58.9%に上ったという。

それもそのはず、実はこの年の東京は稀に見る深刻な水不足。都民は1日の半分近い時間で給水制限を強いられ、とてもオリンピックどころではなかったのだ。他にも、当時の東京が世界屈指の汚い街であり、日本人がそこら中にゴミをぽいぽい投げ捨てる国民だったことも明かされる。世界に恥をさらさないよう、婦人会や自衛隊まで動員して都の一斉清掃に必死だったという。

国際的な表舞台に相応しくない遅れたインフラ整備。長期的なビジョンのない急場しのぎの準備。国民を置いてきぼりにしたまま、大義名分のために犠牲を強いられる庶民の生活。世界からの外聞を気にしてようやく問題視される前近代的な習慣。まるで東京誘致が決まったここ数年の間に、日本で見せられてきた光景と同じではないだろうか。

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批判派も「感動」に転向するオリンピックの魔力

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番組では、オリンピックに熱狂する当時の状況を記録した、文豪や文化人の文章も紹介される。

芥川賞作家の石川達三はオリンピックに批判的な立場だったが、この大会が多くの犠牲の上に成り立っているとした上で、「これが国と国とのあいだの平和をすすめ、親睦と理解とをすすめるものであるならば、何と安いことであろう」と、開会式を見て考えを改めている。

評論家の小林秀雄は、オリンピックに無関心だった自分が気づけば熱心にテレビを見ていたとして、「オリンピックと聞いて嫌な顔をしていろいろ悪口を言っていた人も、始まってみれば案外テレビの前を離れられないでいるかもしれない」と、その影響力を実感した。

開高健は、「脳の皮が乾くくらい水涸れになっても、秋になって台風がきて雨がふったら、新聞は“慈雨きたる!”と書きたててケロリと忘れてしまう」と、メディアや国民の忘れっぽさや手のひら返しを指摘する。

アスリートたちの跳躍する身体や、競い合うひたむきな姿を見れば、私たちは人間の自然な感情として感動してしまう。その抗いがたい魅力によって覆い隠されているものの存在を、競技期間中の現在の私たちもまた、忘れてはいないだろうか。まるでそんなことを問いかけられているような内容だった。

番組は最後に、東京五輪を終えた日本の景気が一気に冷え込み、企業の倒産件数が前年の2倍半に上ったという事実を伝え、幕を閉じた。

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政治を利用したつもりが、利用されていた田畑政治の失脚

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続けて再放送された『いだてん』の総集編は、第1部・第2部がそれぞれ前後編に分けられ、実に4時間半の放送時間が割かれた。

このドラマの見どころや面白さを詳しく解説するには、この記事では文字数が足りないので割愛する。だが本作もまた、単にオリンピックを感動的に消費して賛美するのではなく、スポーツを軸にして日本の近代史の功罪を俯瞰して描く意欲的なドラマだった。

当初、世界中のアスリートたちが純粋に技を競って親しみ合う「平和の祭典」を目指して始まった近代オリンピック。「面白いの? 面白くないの? オリンピック」と無邪気に問いかけた嘉納治五郎(役所広司)は、その理念を聞いてすっかりオリンピックに魅了される。

関東大震災では、壊滅的な被害を受けた東京で開催された復興運動会を通して、スポーツが人々に束の間の娯楽と休息、そして希望を与えたことを描いたのが印象的であった。

軍部の暴走が始まるなか、「こんな時だからこそ」スポーツで日本を明るくしたいと勝利にこだわったのは、田畑政治(阿部サダヲ)である。彼は1932年ロサンゼルス五輪で、国や人種の垣根を超えて交流する選手村での楽しい経験に、オリンピックの理想を見てとった。

しかし、1936年ベルリン五輪はナチスのプロパガンダに利用され、大衆を煽動する役割を担ってしまう。1940年には東京五輪が決定していたが、戦況の悪化で返上論が沸騰。開催に固執する嘉納に、田畑が「今の日本は、あなたが世界に見せたい日本ですか!?」と詰め寄る場面は、放送当時SNSでも大きな話題となった。

そんな田畑が、戦後に改めてオリンピックを東京に誘致しようとした動機は、「アジア各地でひどいこと、むごいことしてきた俺たち日本人は、面白いことやんなきゃいけないんだよ!」というもの。

だが、かつてスポーツの政治利用を持ちかけ、国からオリンピックの資金援助を勝ち取った田畑は、皮肉にもオリンピックに政治的に干渉しようとする政治家・川島正次郎(浅野忠信)に足元をすくわれ、五輪組織委員会の事務総長から失脚してしまうのであった。

『いだてん』が1年間にわたる放送を経て描き出したのは、世界の人々がルールのもとで平等に切瑳琢磨しあう「面白いもの」としてのオリンピックと、国家の威信争いやプロパガンダに動員され、カネと政治に利用されてきた“きな臭い”オリンピックの清濁両面だ。

この数年、私たちは利権や政治的な事情を優先し、選手を置いてきぼりにした東京五輪のグダグダっぷりを見せられてきたが、すでにそのことは歴史が警告していたのである。

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この五輪に、果たすべき大義名分はあるか

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また『いだてん』では、世界情勢によって選手人生を左右される競技者の姿も語られる。アジア人初の五輪出場選手となった金栗四三(中村勘九郎)は、選手としての絶頂期に第一次世界大戦で1916年ベルリン五輪が中止となり、夢を絶たれる。

そんな彼が夢を託した四三の弟子・小松勝(仲野太賀)は架空の人物だが、活躍を嘱望された1940年東京五輪がまたしても戦争で中止に。それと引き換えに、戦地へと出征することになる時代の犠牲者の象徴を演じた。

将来のオリンピック開催を期待して建設された明治神宮外苑競技場が、太平洋戦争の際には出陣学徒壮行会の会場となったという皮肉。その歴史を踏まえると、後に建て替えられた旧国立競技場が、1964年東京五輪の会場となってようやく本懐を果たし、晴れ晴れとした気持ちで選手を迎え入れる場所となったことに大きな感慨を受ける。

それは、1年間にわたって物語を積み重ねてきた大河ドラマだからこそ、描くことができた感慨である。そして、総集編という形で一気通貫して見ることで、大きな歴史のうねりをより強く感じることができた。

振り返って、今開催されている東京オリンピックに、コロナ禍で辛酸をなめ人生を狂わされた選手たちに報いるような物語は用意されているだろうか。敗戦のどん底から復興し、立ち直った姿を見せようとした1964年のような大義名分が、たとえ建前だとしてもあるといえるだろうか。何より、今の日本は世界に胸を張って見せられる日本だろうか。

コロナ禍よりも以前に放送された2本の番組。その内容の先見性と批評性にも驚くが、開会式の前日にあえてこの2本を再放送したNHKの番組編成に、中にいる誰かの「せめてもの」という批判精神と抵抗の意思、メディアとしてかろうじて残る矜恃と良心を感じた。それが、オリンピック反対派をなだめるための単なる目配せやガス抜きでないことを願って、私たちはこの破綻と混乱の祭典の顛末を注視していきたい。

【執筆者】福田フクスケ

フリーランスの編集&ライター。週刊SPA!の編集を経て、現在は書籍編集。構成・編集協力した本に、田中俊之・山田ルイ53世『中年男ルネッサンス』(イースト新書)、プチ鹿島『芸人式新聞の読み方』(幻冬舎)、松尾スズキ『現代、野蛮人入門』(角川SSC新書)など。ご依頼は fukusuke611@gmail.com まで

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五輪開会式前日に、NHKが『映像の世紀』と『いだてん』を再放送した本当の理由

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