「LOOK」という名の双眼鏡(東京オリンピックに寄せて)

  • 文・写真:ガンダーラ井上

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この双眼鏡は、「LOOK」と言います。手前の6倍モデルが1964年、左奥の7倍モデルが1965年の発売。すなわち、東京オリンピックに向けてスタジアム観戦などカジュアルな用途を目的として開発されたもの。実は不肖ガンダーラ、1964年9月25日生まれです。東京オリンピック開会式の2週間前に生まれてはいるものの、その記憶は当然あるはずもなく、憧憬の念から当時の光学機器などを手元に置き、このように時折ブツ撮りなどをしています。

さて、もう少し詳しくLOOKの全体像を見てみましょう。2つの姉妹機はポロプリズムを用いて全長を抑えるタイプの設計です。この構造では接眼レンズよりも内側に対物レンズが配置されるので、スタイル的には“より目”になってしまいます。そこでレンズを保護する楕円形のカバーを設けることで先窄まりの造形になることを回避し、レイバンのティアドロップ型サングラスみたいな印象にしているのがデザイン上のポイントです。

設計・製造は日本光学(現在のニコン)で、この当時ですから日本製です。この時代の光学製品らしく、視度調節に用いるアルミ製の転輪には直線的なローレット加工が施されて、シャープな印象。いわゆるゼブラ柄ってやつですね。滑り止めの擬革にはブロック状のパターンが施され、哺乳類や爬虫類の皮膚を模擬したテクスチャーと比べてモダンな印象。何だか1960年代の方が現代よりもプロダクトが発する疾走感は強かったような気がします。

高度成長、スピード重視の時代に相応しく、Nikonのロゴが斜体になっているのも注目すべきポイント。でも、本体の右サイドにこのロゴを置こうとすると光軸の進行方向に逆らう感じになってしまうので、左サイドだけに配置しているのも潔いです。この斜体ロゴは1980年代初頭からカメラにも採用されています。個人の感想としてカメラ正面の斜体ロゴにはいまだに馴染めませんが、この製品の場合はバッチリ決まっていると思います。

LOOK:意識的に対象物に視線を向けること。

1964東京オリンピック仕様の双眼鏡を手にして、なにに視線を向けるべきか? それが問題です。2020東京オリンピック開会式の当日、都心に飛来したブルーインパルスを追いかけることもなく僕はこの原稿を書いています。昔から、オリンピックが好きでした。でも、今回はどう向きあえばいいのか分からず戸惑っています。2021年7月23日は満月。東京上空を覗き込めば、視界の中心には新品同様の月のテクスチャーが輝いていたのでした。

ガンダーラ井上

ライター

1964年東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒。松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間務める。在職中から腕時計やカメラの収集に血道をあげ、2002年に独立し「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」などの雑誌やウェブの世界を泳ぎ回る。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)など。

1964年東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒。松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間務める。在職中から腕時計やカメラの収集に血道をあげ、2002年に独立し「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」などの雑誌やウェブの世界を泳ぎ回る。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)など。