ヤクザに刺傷され息子まで狙われた男が、組織暴力に立ち向かった「驚くべき体験」とは?

  • 文:今泉愛子

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山口組という組織が、この50年の間にどんな経緯をたどったのかを克明に記した本書『喰うか、喰われるか 私の山口組体験』。著者である溝口敦は、50年近く山口組とその周辺を取材し、新聞や週刊誌に膨大な数の記事を書き、それらをもとに多数のヒット作を出したジャーナリストだ。彼は、一体どうやってヤクザとの関係を築いたのか。本書の冒頭で、著者はこう述べる。

「私は取材することを通して、山口組の幹部たちと接してきたが、取材する者と取材される者との間にある垣根を外そうとはしなかった。いわば水くさい関係であり、彼らと時に飲食はともにしても、ゴルフや麻雀などはやったことがない。友だちではないからだ」(P2)

両者は常に緊張関係にあった。まさにタイトル通り、「喰うか、喰われるか」だ。著者が、山口組の5代目組長について書いた記事に対して、組の幹部は再三、クレームをつけ、記事を単行本化するときは、出版の中止を求めた。だが著者は拒否する。

この要求には頭に血が上った。

「あんたの中止要求を飲めばもの笑いのタネだ。こっちはライター生命がなくなるんだよ、この話はなしだ」(P123)

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脇背を刺され、集中治療室に6日間も入る怪我

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要求を拒否した著者は、その後、暴漢に脇背を刺され、集中治療室に6日間も入る怪我を負う。48歳のときのことだ。犯人はおそらく組の関係者だろう。だが、著者は山口組との関係を断つことはしない。むしろここでやめてはならない、と自分を奮い立たせる。暴力団から刃物で顔を傷つけられた映画監督の伊丹十三にも、こう語ったという。

「つまりいわれのない不当な被害に遭った者は怯えてはならない、退いてもならない。それまでと同じ歌を歌い続ける。でないと、不当な攻撃を加えた側が暴力的攻撃は効果があった、奴を黙らせてやったと錯覚するからだ。錯覚に基づき、次も同じように暴力的手段を執るだろう。それをやらせてはならない。それが被害を受けた者の社会的責務だ」(P173)

しかし、どう考えてもヤクザとでは力が違いすぎる。彼らはいわば、戦闘のプロだ。著者はその後、再び暴力被害に遭う。次は本人ではなく息子だった。それでも著者は、ペンを折らずに記事を書き続ける。

1984年に起きた山口組と山口組から分裂した一和会との間に起きた山一抗争や、2015年の山口組を離脱して設立された神戸山口組についても詳細な記録がある。さらに、食肉卸売業ハンナンの元会長浅田満や女性占い師として一時期、数多くのテレビ番組に出演していた細木数子と山口組の関係についても言及する。

ヤクザの組織には、できるリーダーもいれば、できないリーダーもいる。強い男たちであることは間違いないが、彼らと女との関係も興味深い。1985年に殺害された山口組4代目竹中正久組長についてもこう書く。

「私は写真を見て、これなら死ぬな、死んでも文句は言えないな、と根拠もなく思った。正久組長は最高の女を手に入れた。彼の悲劇は女性の獲得と四代目組長襲名とがほぼ同時だったことだ。発情した雄として、ボディガードなんか面倒臭いし、格好が悪い。蹴飛ばす気になったとしても理解できる」(P87)

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誰と付き合い、誰と付き合わないか。何を話して、何を話さないか

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著者は、なぜここまで深く食い込むことができたのか。ヤクザの肩をもつわけでも、社会正義に駆られていたわけでもなく、真面目に誇りをもって仕事に取り組んできた結果だということは本書を読めばわかる。

「ヤクザのなかにも物のわかった人は何人もいる。私の人脈はそういう人たちに恵まれている」(P149)

誰と付き合い、誰と付き合わないか。何を話して、何を話さないか。クレームに対応するには、きちんと着地点を示すこと。一緒に飲食はしても女も金も受け取ったことはない。そんな仕事の進め方は、文章を書く人間だけでなく、仕事をするすべての人間の参考になる。

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『喰うか、喰われるか 私の山口組体験』溝口 敦 著
講談社 ¥1,980(税込)

ヤクザに刺傷され息子まで狙われた男が、組織暴力に立ち向かった「驚くべき体験」とは?

  • 文:今泉愛子

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