デイヴィッド・ホックニー──。ポップアートの旗手として1960年代から活躍し、現在でもiPadを使いこなして作品を発表し続ける、まさに美術界の“生きるレジェンド”だ。作品と同じく、本人もお洒落なアーティストとして知られる。彼の着こなしや作品とのかかわり、愛用する“名品”との関係を解き明かす。
丸眼鏡

ホックニー本人と言えば、ブロンドの髪に丸眼鏡を連想する人が多いと思うが、ブロンドの髪はもともとの地毛の色ではない。『ホックニーの世界』(マルコ・リヴィングストン著、洋販出版)には「1961年のニューヨーク滞在中、髪をブロンドに染めていたことなどは、人間としてまた芸術家として注目されたいという彼の欲求を示している」とある。1951年に描いた自画像は褐色の髪のままだが、タイトルは「人生が一度きりなら金髪の男として人生を送りたい」とした。その後、彼は豊かな色彩を使った作品で名声を勝ち取るが、まさに身をもってそれを体現していたのではなかろうか。
彼が身に着けた丸眼鏡もセルフプロデュースをサポートする重要なアイテムで、彼のトレードマークとなった。しかし彼のポートレイト写真を集めてみると、作品同様、眼鏡の色合いもさまざま。デザイン的には丸みを帯びた逆三角形の「ボストン型」をかけていることもあるが、「ラウンド型」、あるいは喜劇俳優のハロルド・ロイドがよくかけたことから「ロイド型」と呼ばれる円形タイプが圧倒的に多い。若い頃の写真では丸眼鏡でもリムが太いものを特に選んでいるから、丸眼鏡を使って人々に印象を植え付けようとしたのではないだろうか。
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デイヴィッド・ホックニーが丸眼鏡をかけたのは、セルフプロデュースのためだった?
シアサッカースーツ

スーツを着用したホックニーの姿で有名なのが、シアサッカーの上下を着用したポートレート写真だろう。モノクロなので色はわからないが、ブルー×白、あるいはグレー×白といった色合いと見て間違いないだろう。
アメリカの老舗ブランド、ブルックス ブラザーズが創業200周年を記念して出版した書籍『200 YEARS OF AMERICAN STYLE』にその写真が掲載されている。見開きページで写真が大きく拡大されているが、実はホックニーは、ストライプの上下にあえてストライプのボタンダウンシャツを合わせている。柄×柄の達人的な着こなしではないか。合わせたニットタイもわざと端がほつれたままで、彼流にスーツを着崩していることが写真を大きくしてくれたことでわかった。
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デイヴィッド・ホックニー流、シアサッカースーツの着こなし方とは
ラグビージャージ

デイヴィッド・ホックニー本人が意識しているかどうかは定かではないが、彼の愛用するアイテムにはストライプ柄のものが多い。彼自身が書いた『DAVID HOCKNEY by DAVID HOCKNEY』では、鮮やかなブルーの極太ボーダーのシャツに同じ色と柄のネクタイ姿で表紙を飾る。また『僕の視点─芸術そして人生』(美術出版社)の表紙では、赤のストライプシャツにボーダーのニットタイで登場。さらに、彼の横にはその着こなしの断片を描いた作品が壁に飾られている。
彼が愛用したストライプアイテムの中で、カジュアルさがいちばん漂うのがラグビージャージではないだろうか。1977年の作品『モデルと未完成の自画像』では、横たわったモデルの奥にグリーン系のボーダー柄ラグビージャージを着た自分自身を描いている。
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デイヴィッド・ホックニーが自画像でも着ていたラグビージャージ
ソックス

彼自身の着こなしでも多彩な色が使われているが、それが顕著の例がソックスだ。鮮やかなブルーや得意のボーダー柄、時には左右別々の色のソックスをパンツの裾から覗かせていることもある。
中でもいちばん特徴的なのは、赤のソックスだろう。1980年代初めから彼は「絵を描くように写真を撮ることはできないだろうか?」と考え、フォトコラージュの手法で作品を次々と発表している。京都の竜安寺の枯山水での写真を使った『竜安寺を歩く』(1983年)では、赤のソックスを履いた本人の写真が何枚も効果的に使われている。
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デイヴィッド・ホックニーのスタイルを特徴づける、鮮やかで多彩なソックス