定食屋の主役は、おかずではなく、白いご飯である。その定義を日本のみならず世界にまで知らしめたのは、飯炊き仙人と呼ばれた「銀シャリ屋ゲコ亭」の村嶋孟さんだった。彼の技は、大手炊飯器メーカーの商品開発にも取り入れられ、中国政府に招かれて米を炊いたことさえある。大阪の境市にあるゲコ亭には、連日500人を越える人たちが、白いご飯を求めて押し寄せた。
しかし、酢飯を使う鮨のメッカであると同時に、ぶっかけ飯の代表格である丼飯の発祥地でもある東京では、白いご飯そのものを売りにするという意識はそれ程高くなかった。だが、庶民たちの味方である大衆食堂の中にはご飯に力を入れているところも多い。恵比寿の人気定食屋である「めし処こづち」では、大量消費されるご飯を敢えて小さめの炊飯器で炊き、なるべく炊き立てのご飯を客に提供するなど、白いご飯に力を注いでいる。
電気炊飯器より、ガス炊飯器、土鍋と、少しずつ定食屋のご飯がヴァージョンアップされていく中、「銀シャリ屋ゲコ亭」と同じく、羽釜で炊いたご飯で毎日行列が絶えない店が恵比寿駅近くにある。
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コロナ禍の2021年、実は恵比寿・代官山エリアには何かに特化した多くの定食屋が誕生している。アジフライを売りにした「極アジフライ堂」、ハンバーグとご飯の「アラビキダゼ」。そんな中、白いご飯そのものに徹底的にこだわった店が「竈ごはんと炭火焼 治朗」だ。
実はこの店、今年の初夏あたりから、SNS上で俄かに注目されていた。竈、炭火、治朗という言葉が日本映画史上記録的大ヒットとなった「鬼滅の刃」の主人公、竈門炭治郎を連想させるからだ。鬼滅を思わせる要素は、それだけではない。「竈ごはんと炭火焼 治朗」の看板メニューは、ご飯が進む副菜8品がお盆に並ぶ「無限定食」なのだ。
その名前から、劇場版鬼滅の「無限列車編」を思い出した人たちも多いだろう。その無限定食こそ、鬼滅ファンならずとも、すべての日本人のDNAを刺激してやまない禁断の無限メニューだったのだ。
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「竈ごはんと炭火焼 治朗」で、まず最初に運ばれてくるものは、食前に飲むひと口ヨーグルトだ。そのほんのりとした米の甘さに、胃と心を癒されていると、羽釜で炊き上げられたばかりの竈ごはんが、おひつに入って運ばれてくる。お盆の上には、白いご飯が「無限に」進んでしょうがない副菜が8品と、丁寧に仕立てられたお味噌汁が並んでいる。
近年、TV等で「ご飯の友」的な特集が繰り返し組まれているが、ここの副菜はその代表的なヘビーローテーションばかりだ。味付きの卵の黄身、青菜と油揚などのおしたし、梅味のえのき、たらこ、ご飯用に調味された味噌、お新香、切り干し大根、野菜の煮付け、しらすおろし、カツオとろろ、など、季節のバリエーションから選ばれた副菜たちと、粒が立った羽釜炊きのご飯の相性はすべての日本人たちの箸を止まらなくしてしまうだろう。もちろん、ご飯のお代わりは自由だ。
そこに運ばれてくる主菜は、トロ鯖の麹漬けや、穴子、鮭ハラミ、サワラなどの焼き魚類。店名通り、竈横の焼き場で炭火で仕上げられる。焼き以外にも、季節のお造り5種盛りも用意されている。肉派には、十勝ボークの角煮と、甲斐信玄鶏の唐揚げ。タルタルソースがかかった、立派なエビフライもある。
使用する米は、青森県産「青天の霹靂」と、埼玉県川島町の農家から直接仕入れる「てんこもり」を季節に合わせて絶妙にブレンド、常にベストな炊き上がりを実現している。ただ、炊き立ての竈ご飯をおいしく食べさせることだけにこだわり続けるストイックなまでの情熱。炭水化物が敵対視され、米離れが囁かれる昨今。もう一度、日本人のソウルフード、白いご飯のマジックに酔いしれるために、恵比寿の無限列車に乗り込もう。
竈ごはんと炭火焼 治郎
東京都渋谷区恵比寿西1-13-2 サンキビル 2F