初めまして、ホテルプロデューサーの龍崎翔子と申します。

ご縁あって、約4年ぶりに新しいホテルを作る運びとなりました。場所は、金沢・香林坊。21世紀美術館にほど近く、青々とした欅並木が続き、しいのき迎賓館もほど近い地に建ちます。かつては世界中の芸術品を蒐集し、展示していたギャラリーが入居していたというビル。『真の美しさ』を冠するそのギャラリーの名の響きにふさわしい、あたりを包み込む金沢の空気感が凝結し、滴下する美を彷彿とさせるような空間となっています。

私たちは、ただなんとなく…目に見えない、写真に撮ることができないおもてなしを提供したいと思ったのでした。そして、できれば、お客様の気分や嗜好に合わせてひとりひとりのために、調合し、処方して。

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香林坊という土地は、還俗して漢方薬局を営んだとある僧侶の名前に由来していると言われています。やがて、夢に現れた地蔵尊のお告げによって調合した眼薬が時の支配者、前田利家公の目の病を治したことで名を成し、その名が土地に残っているのだそうです。

当時の目薬は、『蘭引（らんびき：Alembicが訛ったもの）』と呼ばれる陶製の蒸溜器で作られていたと言います（諸説あります）。そんな土地の歴史にささやかな敬意を込めて、新しいホテルには1Fに蒸溜機を併設。杉や能登ヒバなどの白山の森林素材と清らかな水で、精油と芳香蒸留水を抽出。地域の資源、そして空気感、それらを凝縮し生活に滲ませていく。そんな宿泊体験を作りたいと思っています。

ところで、金沢は、世界に禅の思想を広めた鈴木大拙ゆかりの地でもあります。禅とは、自分自身に意識を向けて内に向かっていくというイメージもありますが、むしろ自らの知覚器官を通じて外界に意識を散らしていくのも瞑想のひとつのプロセスなのだと言います。肌で金沢の空気を感じること。暗闇で揺れる炎を眺めること。淹れたての茶の芳しい香りを楽しむこと。感覚を研ぎ澄ませ、世界に自意識を溶け込ませていく、そんな滞在をどうぞお楽しみください。