東京にこだわらない働き方。地方に『ホーム』をもって、全国区で活躍する

  • 写真:蛭子 真
  • 文:Koba.A
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「クライアント全員の反応が同時にわかるので」ウェブ会議は企画提案をするのに向くそうだ。興福寺が望めるデスクで。

歴史的建造物がひしめき、古くは花街だったという奈良市の元林院町に、築140年を超えるその家はある。元置屋というだけあって、1階に6部屋、2階には7部屋あり、地下には防空壕も残っている。住人はクリエイティブ・ディレクターでアートディレクターのロッカンさん。「妻の実家」だというこの家に越してきたのは2年前、住民票も自身の事務所もこの家に移し、1階にカフェをオープンさせた。

「東京はレッドオーシャン、どうしたってオーバーワークになりがちでした。毎日忙しく帰宅は遅い、週末も家にあまりいられないような状況で」。子どもが生まれ、職住分離の働き方への疑問が大きくなったという。

「それで『将来、この家でカフェを開こう』と夫婦で話していた夢の実現を前倒しにすることにしました」

思い切って奈良へ移住しても、東京での仕事は継続しながら、複数拠点で働くようなものだったという。

「奈良の自宅の一室をワークスペースにしていますが、ここはオフィスというより『ホーム』。ずっとここにこもっているわけではありません。撮影が入れば東京に出かけていくし、シェアオフィスを足場にすることもある。武蔵小杉にあるアトリエで制作に従事も……。月の3分の2は打ち合わせや提案資料作成、デザイン作業などテレワーク中心で『ホーム』にとどまりますが、それ以外は佐賀でも和歌山でもどこへでも出かけていきます」

完全なる在宅ワーカーではないが、しがらみなく自由なイメージのノマドとも違う。家族と暮らすホームの奈良にはしっかりと根を張っている。そこを起点に各地に遠征、再びホームに帰ってくる。その働き方に宿るのは冒険心と安寧の両方なのだろう。

この土地に妻の実家があることで縁が広がっていき、新しいビジネスの可能性も見えてきたという。

「地方の人間はよそものにアレルギー反応を起こしがちです。でも僕の場合、地元の方々や行政との信頼関係をつくることはそう難しくありませんでした。町内会や町興しのための集まりに参加するうち、地域活性化のための提案をする機会に恵まれるようになった。東京はスクラップ&ビルドで新しいものが生まれ続けるエネルギッシュな場所ですが、奈良は真逆で、古いものをどう残していくかが大切。それなのに東京の流行を持ち込んでは土地とのミスマッチが生まれ、その結果、持続しないことが多い。地方ではその土地や歴史と融和するスタイルを模索すべきだと考えています」

地方も東京も知るようになって、地方創生に関する依頼が増えたそうだ。

「いまは、佐賀の伊万里鍋島焼『畑萬陶苑』のリブランディングの仕事や新潟『越後札紙』との企画、他にも岐阜の『望郷の森キャンプ場』、もちろん奈良などでも。多くの企画を進行中です」

「今後は東京のクリエイターが地方で働く際のハブとなる場所もつくりたい」と語るロッカンさん。

彼は地方に『ホーム』をもって、活躍の場は全国区になった。東京にこだわらない働き方の手本がここにはあるのかもしれない。

数寄屋門をくぐると玄関に通じる。

広い土間、沓脱石、式台のある玄関様式は古民家ならでは。

この家の歴史を広く共有したく、また地元との縁をつなぐ場所になればと自宅1階を開放し、カフェを運営している。