物件マニアの夫婦が移住先に選んだ、城崎温泉のユニークな建物とは?

  • 写真:蛭子真
  • 文:脇本暁子
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この家の主役は長さ4mのアイランドキッチン。カウンターの高さは、料理をおもに担当する田口さんに合わせ91㎝と高めにした。

城崎国際アートセンター館長の田口幹也さん・漫画家のひうらさとるさん夫妻は自他ともに認める物件マニアだ。海外旅行に行けば、観光よりも現地の住宅を内覧し、生まれた娘に「まどりちゃん」と名付けようとしたなど、エピソードは枚挙にいとまがない。

東日本大震災後、東京から離れ、田口さんの実家近くの兵庫県・神鍋高原に移住。2015年、田口さんが城崎国際アートセンターの館長に就任したのを機に、ふたりが見つけた次の住まいは、志賀直哉など多くの文人に愛された城崎温泉の中心部にある築50年の3階建ての建物。もとは花街の芸妓を仲介する事務所、「検番」だった。

リノベーションを依頼したのは、15年来の友人でもある建築家の加藤匡毅さん。東京在住の頃からふたりの住まいのリノベーションを何度も手がけ、生活スタイルも、所有する家具も知り尽くす理想的な関係だ。

夫妻が望んだのは、家の中心にキッチンを置くこと。この家には、城崎に滞在しているクリエイターなど国内外問わず多くの客が出入りする。みな、3階に鎮座する長さ4mのキッチンに集まり、立ち飲みするのが日常の風景だ。「お客さんが自分たちでグラスを出せるように」とカウンター正面に収納棚を設えた。

実は城崎はアーティスト・イン・レジデンスでも衆目を集めているが、田口さんはその立役者。他にも城崎でしか買えない出版レーベル「本と温泉」の立ち上げに尽力するなど、地域活性化の起爆剤として活躍している。

さらに2019年3月には物置だった1階を改装し、ポップアップストアをつくった。「遠方の友人たちに城崎を訪れてほしい。仕事だったら来やすいかなと思って」と、全国のクリエイターたちを招き出店してもらう算段。人を呼び城崎を盛り上げる仕組みを、自宅にまでつくってしまったのだ。

そんな田口家には随所に検番だった名残がある。矢羽根張りの梁は、デザインと思いきや、さにあらず。解体の際に天井を剥がし現れた梁組みをそのままにした。

建物の昔の面影を残す場所はまだまだある。改修前の3階は40畳の大広間で、奥には芸妓が踊りや三味線の練習をする舞台があった。それを半分にカットして床を磨いて小上がりとして再利用。また扉に古木材を使うなど検番だった名残が建物内に残っている。

快適な住まいを手に入れ、徒歩圏内の外湯に通う城崎温泉ライフを謳歌する夫妻だが「家は一生モノではないと思っています」とひうらさん。「リフォームでどんな家にしよう?と考えるのが好き」と田口さんも微笑む。

2020年には城崎で国際演劇祭が開催され、2021年にはアート×観光の専門職大学も開校予定。この家は変化しつつ、よりいっそう人と人をつなぐハブとなっていくだろう。

裏山に接する南側、検番時代の舞台を半分に切った小上がりを見る。手前のラワン合板の床は、経年変化で一部色が変わりアクセントに。

城崎温泉の中心を流れる大溪川(おおたにがわ)沿いに立つ。各棟に橋が架かり、春は満開の桜、初夏には飛び交う蛍を眺めることができる。

ひうらさんの仕事部屋。グリーンの壁で落ち着くと言う。中央の柱は瓶ビール24本の1ケースを昇降できるダムウェイター。人が集まる家らしい設備だ。

天井を剥がすと姿を現した、矢羽根張りの梁。ボルトや大工が書いた墨付けもそのままに。