コロナ対策のデザインコンテスト。募集期間はわずか15日間、公衆衛生への緊急提案の内容とは?

  • 文:猪狩尚司

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若手デザイナーの登竜門として知られる、国際デザインコンテスト「ジャンプ・ザ・ギャップ」。未来の暮らしをサポートする、革新的でありながら環境に優しく持続可能なトイレタリーデザインをテーマに、2004年からいままで数多くの提案が世界中から寄せられてきた。

このコンテストは、2年に一度、奇数年に定期的に開催されていたのだが、世界が新型コロナウイルスの影響を受けた20年5月、急遽スペシャル・エディションとして「ジャンプ・ザ・ギャップ2020」の開催を発表。新型コロナウイルスを克服するために、前向きな提案をデザイナーに求めた。

「水まわり」という、公衆衛生において最も重要なエリアのデザインを対象としてきた同コンテスト。今回は新型コロナウイルスのパンデミックによって、文化や地域にかかわらず、みんなが同じ課題を共有し、緊急に解決しなければならないという危機感が、特別開催を後押しした。

トイレタリーという例年のテーマに加え、今回は「消毒」「洗浄」「殺菌」の3つの解決項目を追加。さらに、理想を描いたアイデアレベルではなく、現段階で開発から製品化までを即時に行うことができる現実的なプランであることも今回は重要な条件とした。

年齢、経験、出身地などは一切問わない。唯一厳しい条件が、開催発表からわずか15日間という募集期間。パンデミックに立ち向かうための本格的なソリューションがそれほど早急に求められているという、主催者たちの強い思いの現れだといえるだろう。

短い準備期間にもかかわらず、「ジャンプ・ザ・ギャップ2020」には、94カ国から1567件の応募が寄せられた。マイクロソフト元会長夫妻が運営するビル&メリンダ・ゲイツ財団のカール・ヘンズマンをはじめ、欧米の専門家による組織委員会が厳正に審査。このページで紹介する5チームの提案が最終的に受賞作品として選ばれた。5つの提案はどれも高い実用性と機能性に加え、新しいデザインの提案を人々が自然と受け入れ、日常風景に馴染むかどうかも考えられている。

現在、建物のエントランスや公衆トイレなどに設置されている消毒液は、美しいとは言いがたいデザインのものが多い。公衆衛生の分野だけでも、急速に新しいデザインが必要とされているのだ。

今回提案された案が展開されていけば、今後もますます重要となっていく衛生行動が、特別なことではなく、当然の行為として定着するかもしれない。それは心地よく、安全なニューノーマルの在り方なのだろう。

ジャンプ・ザ・ギャップ

スペインのバルセロナ・デザイン・センターが、2004年から2年に一度のペースで運営している国際デザインコンテスト。現在は、洗面用タイルを中心に扱うロカ(ROCA)社が協賛に付いていることを受け、浴室やトイレといった水まわりの機器やインテリアに対する新しいデザイン提案を中心に募集している。このコンテストは若手デザイナーの登竜門としても国際的に知られており、これまでに約150カ国から、延べ2万6000人余りが参加し、3900件以上の応募があった。

注目を集めた5つの受賞作品をピックアップ!

Bubble Bump バブル・バンプ

子どもたちの自由な感覚と公衆衛生の重要性を同軸で考えた「バブル・バンプ」。壁付けされたデバイスが、消毒液をシャボン玉のカタチにして自動噴射。ふわふわと空間を舞うシャボン玉に触れることで、遊び感覚で手指消毒を行うことができる。1~6歳の児童を対象に、設計と機能を考慮。赤外線センサーによる体温測定も同時に行うことができるので、保育所や幼稚園といった児童教育施設のほか、商業施設、文化施設、病院での活用も考えられる。

アリーナ・プシェニチコヴァ Alina Pshenichnikova ●ドムス・アカデミーで建築デザイン修士課程を修了。モスクワに建築デザイン事務所「ラウムスタジオ」を共同設立。インテリアデザインの他、 プロダクトの色、素材、加工方法に特化したCMFデザインも得意とする。

E-Tapis イー・タピス

靴に付着したウイルスは5日間ほど生き続けるという研究結果から、気軽に靴の裏が消毒できるデバイスを開発。この「イー・タピス」は、デバイスの上に足を乗せると、ブラシと消毒剤の入ったスプレーが短時間で靴裏を洗浄してくれる。使用後には、デバイスの内部に収納されたブラシを赤外線消毒しているので、繰り返し使っても衛生的な機能を保つ設計となっている。さまざまな人が出入りする病院や学校、オフィスや商業施設などのエントランスでの活用が期待されている。

ハオ・ワン(左) & ハンユーアン・フー(右) Hao Wang & Hanyuan Hu ●中国・南寧市出身のワンは、独学でインダストリアル・デザインを習得。現在はマレーシアでインタラクション・デザインを専攻。青島市出身のフーは、黒河学院で音楽を専攻し、現在はロシアで環境マネジメントを勉強中。

Lux ルクス

細菌や病原菌を減少させる紫外線ライトを配置した、公共トイレ用自動消毒システム。センサーが利用者の動きを感知し、天井に設置した複数のライトを作動させる仕組みで、使用中の個室ごとに起動させることも可能だ。紫外線ライトは病原菌の99%を除去できるデータも報告されており、人がいない時はスイッチが自動で切れる省エネ設計にもなっている。審査員からは機能的かつ効率的なシステムに、高い評価が集まった。実現すればさまざまなタイプのトイレでの活用も期待される。

フワン・レストレポ Juan Restrepo ●コロンビアのUPB大学でインダストリアル・デザインを専攻後、オランダのアイントホーフェン工科大学へ。現在、同大学のデザイン・リサーチャーとして活動する一方、2017年に個人事務所「フォーマット」を設立した。

OM オーエム

消毒デバイスは、だいぶ身近なものになってきたが、機能性とデザイン性とが両立しているものはまだまだ少ない。この「オーエム」は、輪の中に手を入れると自動的に消毒液を噴射するのと同時に、手首で検温もしてくれるマルチなデバイス。体温はリング上部のLEDに明確に表示される。複数の確認をひとつにまとめることができるので、消毒&検温にかかる時間を短縮。大型施設のエントランスなど、通行量が多く、混雑しやすい場所での使用を推奨している。

ラファエル・ヴィナデル Rafael Vinader ●1984年、スペイン生まれ。ミラノ工科大学で修士課程を修了。プロダクト・デザイナーのフランチェスコ・カスティリオーネ・モレッリなどに師事した後、現在はスペインでエクトル・セラーノと事務所を共同運営している

UVC Clean UVCクリーン

紫外線による除菌機能を組み入れた水洗システム。手洗いをしている間に、楕円状のリングの中にスマートフォンを置いておくと、紫外線がデバイスに付着したウイルスを不活性化させる。現代人が常時手にしていることが多いスマートフォンは、ウイルスなどの温床でもあることを受けて、手指のみならず、デバイスも同時に消毒することを目的に開発されたものだ。水洗金具は、センサー式のソープディスペンサーとドライヤーも内蔵しており、手を触れずに操作することができる。

リディア・グリッツ(左) & カーチャ・エピファノヴァ(右) Lidia Grits & Katya Epifanova ●グリッツはモスクワの大学で家具デザインを専攻後、ミラノのヨーロッパ・デザイン学院でユーザーエクスペリエンスを研究。エピファノヴァは、ストロガノフ芸術学院で家具のデザインを学んだ後、建築事務所に入所。

※Pen2021年5/1号「コロナの時代に、デザインができること。」特集よりPen編集部が再編集した記事です。