コロナ禍の不安を可視化する、世界の5人の写真家と作品に注目。

  • 文:宮田華子

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Manu Brabo / Covid-19 Anxiety Project © Wellcome

自主隔離期間を孤独に過ごした、スペイン北部の街ヒホンの老人。ブルックリンのアパートにこもる中、警官によるジョージ・フロイド暴行死事件が発生したため抗議活動に出かけたカップル……。同じウイルスに対峙していても、人々の不安は同じではない。置かれた環境や抱える問題によって、その不安はあまりにも多様なものとなることを、「ウェルカム・トラスト」による写真企画「The Covid-19 Anxiety Project(コロナ禍の不安プロジェクト)」は教えてくれる。

ウェルカム・トラストとは、医療研究に資金を支援するロンドンの独立系公益信託団体だ。新型コロナウイルス研究への援助や、文化事業を通した取り組みでも知られる。国際写真コンペティション「ウェルカム写真賞」はそのひとつ。毎年開催され、注目すべき現行の医療・健康問題を「写真」という表現手段で世界に向けて提起する。

今回は、アメリカ、イギリス、南アフリカ、スペイン、ニュージーランドに暮らす5人の写真家に「コロナ禍の不安」をテーマに撮影を依頼した。イギリスでコロナの感染拡大が深刻化したのは昨年3月中旬頃。ウェルカム・トラストはすぐにプロジェクトを立ち上げた。感染防止策や境遇も異なる写真家を選定し、こう投げかけた。「あなた自身、そして家族や友人は、コロナ禍の不安とどう向き合っていますか?」

対して写真家たちは、自分が生きる世界を覆う「不安感」を写し出した。撮影はソーシャル・ディスタンスの規制の下で行われたため、被写体はすべて写真家たちのごく身近な人々。なにをどう捉えるかや写真の質感は異なるが、不安げなささやきが聞こえてくるような臨場感は共通する。彼らが切り取った風景は、見えない脅威を前に人間がいかに脆弱な存在であるかを物語る。

昨年の春から初夏にかけて撮影された作品は、10月末にウェルカム・トラストのウェブで公開された。誰もが経験した「あの時」が封じ込められ、リアリティをもって心に刺さる。

近年イギリスでは、国の課題としてメンタルヘルス対策に取り組んでいる。理解の土壌は育っているが、心の奥底に巣くう闇は依然として見えづらい。長すぎるロックダウンの最中に公開された「不安を描いた写真」が共感をもって受け止められたことは、今後の私たちへのヒントとなるだろう。「隠れた心の問題に焦点を当て、現実を映し出すことがプロジェクトの狙いだった」とウェルカム・トラストが発信したように、これらの作品は“見えづらい現実”を確かに可視化している。

先の見えない日々はまだしばらく続くだろう。しかし、不安を抱えているのは自分だけではないという事実を、写真は気付かせてくれる。


マヌ・ブラボ

Manu Brabo Gijón, Spain May – June 2020                                     

Manu Brabo / Covid-19 Anxiety Project © Wellcome

Manu Brabo / Covid-19 Anxiety Project © Wellcome

スペイン在住の報道写真家であるマヌ・ブラボ(1981 年生〜)がカメラを向けたのは、「もとチェーンスモーカーで、喉を手術した経験があり、闘牛士のようにたくさんの 傷痕をもつ」自分の父。ブラボにとってコロナ禍は愛する人が危険に晒されていることを実感させたが、日常を取り戻しつつある父の姿を撮影することで自分の不安が和らいでいくのを感じたと振り返る。父は痛みの緩和と睡眠導入のためカンナビス吸入器を使い、何週間もパジャマ姿だったが、6kgも痩せた身体を鍛えようと家の中で運動を始める。ロックダウンから8週間後、初めて家から外に出て散歩をする。後で水彩画を描く参考にと、彼は美しい空をスマートフォンで撮影する──。ゆるやかに、しかし確実に未来に向かう「再生の物語」を優しい眼差しで切り取っている。

ケイト・オパーマン 
Cait Oppermann Brooklyn, New York, USA May – June 2020

Cait Oppermann / Covid-19 Anxiety Project © Wellcome

ナイキの広告写真などで知られるケイト・オパーマン(1989年生~)は、ロックダウンをパートナーとブルックリンのアパートで過ごした。目的もなく室内を歩き回るような不安な日々の中、警官によるジョージ・フロイドの暴行死事件が発生。「緊急性と人命への脅威という点でコロナと同じだ」と、マスクと消毒液を手に外に出て、抗議活動に参加した。「感染抑制のために家にいること」と「社会正義のために外に出て戦うこと」の間をさまよう、張り詰めた空気が伝わる。


ヘイリー・ロングマン 

Hayleigh Longman Harlow, Essex, UK May – June 2020

Hayleigh Longman / Covid-19 Anxiety Project © Wellcome

「混沌と静寂のコントラスト。それがロックダウンの私の正直な印象です」。ロンドンを拠点とするヘイリー・ロングマン(1995年生~)は、ロックダウンを実家で過ごした。美しい庭や黄色いタオル、「人とのつながり」の象徴だった隣家の少年。髪を洗うのも大仕事だと感じるほど自己隔離で心が委縮したというが、やわらかな色を効果的に使う彼女の作品には、静かで濃密な時間がもたらした落ち着きも共存する。「時間感覚が希薄だった」という夏が、作品を見ると甦る。


タチアナ・チプサナバ

Tatsiana Chypsanava Nelson, New Zealand May – June 2020

Tatsiana Chypsanava / Covid-19 Anxiety Project © Wellcome

ベラルーシで生まれ、ニュージーランドで暮らすタチアナ・チプサナバ(1980年生~)は、コロナ禍に見舞われた初期、幼少期に経験したチェルノブイリ原発事故の不安がフラッシュバックした。撮影を行った昨年5月~6月は、ニュージーランドがロックダウン緩和期を迎えた時。ステイホームを厳守し、家にこもる生活に安心を覚えていた13歳の娘ローラは、緩和に対して恐怖を感じていた。緩和に沸く人々と怯える少女の日常を写し、コロナ禍の複雑さを語っている。


リンドクフレ・ソベクワ 

Lindokuhle Sobekwa Thokoza, Johannesburg, South Africa May – June 2020

Lindokuhle Sobekwa / Covid-19 Anxiety Project © Wellcome

リンドクフレ・ソベクワ(1995年生~)は、南アフリカが抱える社会問題を切り取る写真家だ。彼はコロナ禍を恋人の実家のある南アフリカのトコザ地区で過ごしたが、当地の生活は厳しく、電気の供給も不安定だった。彼の母語のコサ語には「嵐が来て、嵐が去っていく」という表現があるという。停電中にろうそくの明かりで遊び、恋人の家でソベクワの誕生日を祝うモノクロ写真からは、コロナ禍の困難だけでなく「きっと嵐は過ぎ去る」という希望がにじみ出ている。


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  • 文:宮田華子

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