iPadアプリの音声を録音させてくれると、約束してたのに……。 ──野上眞宏が明かす、大滝詠一の知られざるエピソード

  • 写真:柏田テツヲ
  • 文:澤田真幸

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野上眞宏●写真家。1947年、東京都生まれ。六本木アートセンタースタジオ勤務を経て、71年から鋤田正義に師事。72年にカメラマンとして独立。おもな作品に『New York – Holy City』『はっぴいな日々』『BLUE: Tokyo 1968-1972』など。

立教大学時代に同級生だった細野晴臣を通じて、のちに、はっぴいえんどを結成するメンバーとの交流が生まれ、若き日の彼らの活動をフィルムに収めてきた野上眞宏。大滝詠一との初めての出会いは1968年4月、白金にある細野の家に遊びに行った時だった。

「その日、渋谷のYAMAHAでザ・ローリング・ストーンズの『サタニック・マジェスティーズ』のレコードを買ったんです。それで、ちょっと足を延ばして細野君の家に遊びに行ったら、そこに大滝君も居て。一緒に聴いていたら大滝君がストーンズとかビートルズのいろいろなことを詳しく話してくれて、すごい人だなと思いました」

72年にリリースされた大滝の初のソロアルバム『大瀧詠一』。そのジャケット裏で使われているポートレートも野上が撮影した。

「大滝君が都会と田舎が混じったところがいいと言って、埼玉県狭山市にあった、デザイナー集団WORKSHOP MU‼の工房で撮影しました。置いてあった植物とドアの感じがよかったんです」


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1972年に発売された初のソロアルバム『大瀧詠一』のジャケット裏で使用されている、ポートレート写真のプリント。「大滝君から直接言われたわけではないですけど、聞くところによると、この写真は本人もすごく気に入っていたみたいです」

その後、74年に野上は渡米し、アメリカで暮らすことになったため、交流はほぼなくなっていた。しかし、野上がiPadの写真集アプリ『SNAPSHOT DIARY:Tokyo 1968-1973』を制作するにあたって、はっぴいえんどの元メンバーの語りで当時を振り返るオーディオコンテンツを収録したいと考え、大滝と久しぶりに再会した。

「2013年の秋頃に会って頼んだら、快諾してくれて。じゃあ、来年録音しましょうと約束したのに、その年末に亡くなってしまったんです。細野君と松本隆君、鈴木茂君が語るオーディオコンテンツは収録して、14年にアプリはリリースできた。でも、もし大滝君分が実現していたら、記憶力抜群の彼は、僕が忘れていることも覚えていて、たくさん話してくれたんだろうなと思います」


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