未完の下絵でこそわかる、 河鍋暁斎の圧倒的筆力と反骨精神。

  • 文:赤坂英人(美術評論家)

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伝統的なテーマを借りながら、そこに新しい視点や解釈を導入して描いた作品も少なくない。また暁斎が創作した人間像はどこか人情の機微を感じさせるものが多い。河鍋暁斎『日本武尊の熊襲退治 下絵』1879年。河鍋暁斎記念美術館蔵。

【Penが選んだ、今月のアート】

日本の歴史上、激動の時代だった幕末から明治中期にかけて活躍し「最後の浮世絵師」「反骨の絵師」などと呼ばれ国内外で熱狂的ファンをもつ河鍋暁斎(1831–89年)。暁斎は数え37歳で幕府崩壊と明治維新に遭遇。「狂斎」と号して狂画や錦絵で名を馳せていた時だった。もともと暁斎は幕府の表絵師・狩野洞白陳信の高弟だったが、幕府の崩壊後、権威を失い実力のない絵師の多くは廃業に追い込まれた。

しかし、暁斎は例外で、仕事の依頼は引きも切らずであったという。理由は暁斎の並外れた画力・画才ゆえだ。暁斎は、狩野派はもちろん、漢画、水墨画、大和絵、円山派、四条派、南画、琳派、浮世絵諸派などを独自に研究。また来日した西洋人を驚かせるほど人並外れた観察眼をもっていた。その上で彼は、幕政や新政府に対して庶民が感じる滑稽さや矛盾を、抜群のユーモアと技量で戯画化していった。

だが、この展覧会には暁斎の完成作品である本画は展示されない。その代わりに河鍋家や河鍋暁斎記念美術館が収蔵する暁斎の描いた素描、下絵、画稿、即興の席画、絵手本など圧倒的筆力を感じさせる作品のみで構成した展覧会だ。本画は、完成度は高いが筆勢が抑えられ、彩色で弟子たちの手が入ることも。版画は暁斎と彫師、摺師たちとの共同制作。一方、下絵、画稿などは一目瞭然、暁斎の卓越した筆力を目の当たりにできるというわけだ。

今回の暁斎展は挑戦的で「通好み」の展覧会という見方もできる。だが、実は現代的なのかもしれない。近年、現代アートでは、ドローイングが絵画の下絵的存在ではなく、絵画と同等の未完の可能性の力が交錯する領域として注目されてきているからだ。

狩野派や浮世絵派など諸流を統合した暁斎の画が放つ、頑固な旧弊と皮相な文明開化への批評とユーモアは、時代や国境を超えていく。

『幽霊図 下絵』制作年不詳。河鍋暁斎記念美術館蔵。

『遊君江口 宝暦時代 屛風十二枚之内 下絵』1883年。河鍋暁斎記念美術館蔵。

『河鍋暁斎の底力』
開催期間:2020年11月28日(土)~2021年2月7日(日)
会場:東京ステーションギャラリー 
TEL:03-3212-2485
開館時間:10時~18時(金曜は20時まで) ※入館は閉館の30分前まで  
休館日:月(1/11、2/1は開館)、12/28~1/1、1/12
料金:一般¥1,200(税込)
www.ejrcf.or.jp/gallery
※臨時休館や展覧会会期の変更、また入場制限などが行われる場合があります。事前にお確かめください。