バイデンv.s.トランプ、装いで差を付けたのはどちらか?【ファッションで読み解くアメリカ大統領Vol.1】

  • 文:小暮昌弘

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ネイビーのスーツにブルーのタイで、清潔感を感じさせるコンサバスタイルを貫く民主党ジョー・バイデン。1942年11月20日、東部ペンシルベニア州生まれで、2021年に史上最高齢の78歳で第46代アメリカ大統領に就任する予定だ。©Capital Pictures/amanaimages

世界中の注目を集める中、2020年11月3日に行われた第59回アメリカ大統領選挙。紆余曲折があったが、民主党のジョー・バイデン前副大統領が共和党のドナルド・トランプを破って、来年早々には第46代アメリカ大統領に就任することが見込まれている。

しかし今回話題にするのは、選挙やアメリカ政治の話ではない。このふたりを中心にしたアメリカの政治家たちの着こなしの話である。言葉は政治家の命とよく言われるが、政治家たちが着こなす服装=スタイルは、衆人環視の中で日常を過ごす彼らにとって、いわば自分を表現する方法、人々とコミュニケーションをとる手段でもある。いい悪いはともかくとして、今回の選挙中にスタイルによって圧倒的な存在感を放ったのは、勝ったバイデンではなく、トランプと見て間違いないだろう。

真っ赤なタイは共和党のイメージカラーでもあり、トランプを象徴するアイコンでもある。1946年6月14日生まれでニューヨーク州出身。意外にもアイビーリーグのペンシルベニア大学を卒業。あまり知られていないが、自らの名前を冠したスーツブランドをもち、自身が広告塔になっている。©Capital Pictures/amanaimages

トランプ像を焼き付けた、赤い「パワータイ」

「ネクタイはそれを締めている人よりも一歩先に目に入ってくる」。英国王室御用達のデザイナーであったサー・ハーディ・エイミスはこんな名言を残しているが、選挙戦でトランプが常に身に着けていた真っ赤なタイ。毎日流される映像を通して、多くの人々にトランプ像を焼き付ける手助けをしたのは確実だ。トランプが締めたタイの赤は、彼が所属する共和党のイメージカラー(共和党が赤、民主党が青という図式は、TVのニュースキャスターが便宜上に色分けして始まったらしい)なのだが、その赤のタイに別の意味を感じたのは私だけだろうか。

トランプは政治家の経験がなく、大統領に上り詰めた稀な人物で、彼が主戦場にしていたのはいわばビジネス界。1980年代あたりから欧米のビジネスシーンでは、「パワータイ」といって、ここぞというときに赤のタイを締める習慣が生まれたが、まさにそれである。『NYとワシントンのアメリカ人がクスリと笑う日本人の洋服と仕草』(講談社α新書)の著者である国際ボディランゲージ協会 代表理事の安積陽子によれば、トランプのお気に入りはイタリアの高級ブランド、ブリオーニのスーツらしい。

しかしオーバーサイズ気味のスーツをボタンもかけずに着用し、例の赤のタイをベルト下までだらしなく伸びきらせて締めている様子は紳士のエチケットにも反し、とても大統領の身だしなみとは思えない。誰か周りにアドバイスする人はいないのかと思うが、そうした無頼な着こなしが、彼が経験的に学んだ相手を圧倒できるスタイルであり、振る舞いであると考えると、納得がいくのではないだろうか。トランプにとって、政治もビジネス。すべてがディールであり、駆け引きなのである。

オバマがお手本? ブルーを愛用するバイデン

バイデンは、ノータイやシャツ姿の時にはティアドロップ型のサングランスを掛けていることが多い。いかにもアメリカ人的な装いではないか。©Alamy/amanaimages

一方バイデンが締めていたのはブルーのタイがほとんど。ブルーは洗練を感じさせる色で民主党のイメージカラーでもあるし、好感度も高い。トランプに対してわざとそうした印象を国民に植え付けようとしたのだろう。77歳とは思えないスレンダーなボディ。ネイビーのスーツ、白いシャツ、ブルーのタイを締める着こなしは清潔感や誠実さが漂い、トランプとは対極の印象。どこのブランドを着用しているかは不明だが、どのスーツやジャケットもコンサバティブなデザインを基本にしていて、仕立てがとてもよさそうに見える

ファッション史に詳しい服飾史家の中野香織は『ダンディズムの系譜』(新潮選書)の中で、2008年に圧倒的な勝利で第44代大統領に就任したバラク・オバマを21世紀のクールなファッションアイコンと讃えているが、バイデンも同じ民主党、たぶんオバマのスタイルをお手本にしたのではないだろうか。選挙戦の最終盤で、オバマと並んでシャツ姿で登場したバイデンを見ていたらそう感じた。バイデンはときおり、ノータイでネイビージャケットにボタンダウンシャツを着たり、ジャケットのインナーにジップアップのセーター重ね着=レイヤードさせたり、意外にお洒落にも見える。ときにはティアドロップ型のグリーンレンズのサングラスをかけたりもしている。愛車は50年以上前に製作されたシボレー コルベットと聞くが、案外“アメリカン”な人なのかもしれない。しかしオバマ政権下で副大統領を務め、長く議員を続けてきたバイデンだから、身だしなみなどで足元をすくわれることはないだろう。

カマラ・ハリスは1964年10月20日生まれ。西部カリフォルニア州出身。カリフォルニア大学ロースクール卒業後、検察官として活躍、女性で初めてカリフォルニア州の司法長官を務めた後、2016年に上院議員に。愛用のスニーカーはコンバース。「この靴は、私たちがどういう人間かというステートメントでもある」と語る。©Los Angeles Times/Polaris/amanaimages

真っ白なスーツに主張を込めた、カマラ・ハリス

バイデン以上に服装に主張を込めたのは女性初の副大統領に就任する予定のカマラ・ハリスだろう。選挙中はリーバイスのジーンズにコンバースのスニーカーというカジュアルなスタイルで遊説して人気を博したが、11月7日、バイデンとの勝利会見に登場した時は真っ白なスーツを颯爽と着こなした。それまでバイデンと一緒の時にはダークな目立たないパンツスーツをいつも着用していたのに、まるで変身するように白を纏ったのだ。アメリカのブランド、キャロリーナ・ヘレラというブランドのパンツスーツだ。「私は女性として初めての副大統領かもしれませんが、最後(の女性副大統領)ではありません。なぜなら、今夜、これを見ているすべての小さな女の子たちが、ここが可能性の国であることを知ったからです」と話すハリス。

実は今年はアメリカで女性の参政権が認められてから、ちょうど100年目。当時、女性たちが参政権を求めてデモをする際に着用したのが、白色の服なのである。彼女はそうしたことも意識して、白のスーツを着たのではないだろうか。トランプ大統領によって“分断”が深まったと言われるアメリカ。もはや赤でも青でもない。白をイメージカラーにして、リセットしてみてもいいのではないだろうか。