『風の谷のナウシカ』 からカミュの『ペスト』まで、パンデミック時代の生きる術を名著から学ぶ。

  • 文:石崎貴比古
Share:

生理学者ジャレド・ダイアモンドが記すように、人類史は疫病の歴史でもある。コロナ禍をどのように乗り越えるべきか、不朽の名作を手に考えよう。


勇敢な王女の物語から、現代文明の未来を見据える。

『風の谷のナウシカ』 宮崎 駿 著 徳間書店 1983 年 ¥473(1~6 巻)、¥555(7巻)(すべて税込) photo:岡村昌宏(CROSSOVER)

道行く人がみな、マスクを身に着け始めた時、多くの人がこう思ったのではないか。「まるでナウシカの世界だ」と。映画『風の谷のナウシカ』は言わずと知れたスタジオジブリの代表作だが、漫画版を読んだ人はむしろ少数派だろう。漫画版はときに子どもには理解し難いほどのリアリズムと血の匂いに満ちている。環境汚染が極限まで進んだ世界を浸食する「腐海」は猛毒を出す樹々と、それらを守る巨大な「王蟲(おうむ)」たちの楽園。人類はそれらに怯えながら、瘴気マスクを身に着けて暮らしている。辺境の王国「風の谷」の王女ナウシカは腐海が生まれた秘密を直感的に見抜く。そして猛毒の森を焼き、王蟲を殺すのでなく、それらとともに生きる未来を模索する。7巻すべてを読了した者は、現代の地球環境について慨嘆せざるを得ないはずだ。


人類の歴史を、病原菌から読み解く。

『銃・病原菌・鉄』 ジャレド・ダイアモンド 著 倉骨 彰 訳 草思社 2012 年 上・下 各¥990(税込)

世界の民族が、それぞれ異なる歴史の経路をたどったのはなぜか。UCLAで教鞭を取るジャレド・ダイアモンドが銃と鉄、そして病原菌をキーワードに人類史を大きなスケールで描いたピューリッツァー賞受賞作だ。本書をひも解けば、人類が定住して以来、さまざまな病原菌に勝利し、破れ、共存してきたことがわかる。コルテスによるアステカ帝国の滅亡、ピサロによるインカ帝国征服。そして、コロンブスの新大陸発見以来200年のうちに先住民の人口は95%が減少した。ヨーロッパ人は確かに、先住民よりも優れた武器を持っていた。しかし圧倒的な多数者である先住民が滅んでいったのは、西欧人が病原菌という「とんでもない贈り物」を持ち込んだからだと説く。コロナとともに生きる現代人必読の書だ。


【関連記事】SF作家・小川 哲さんが推薦する3つの作品。

非常事態下のローマで綴られた、冷静な情熱。

『コロナの時代の僕ら』 パオロ・ジョルダーノ 著 飯田亮介 訳 早川書房 2020 年 ¥1,430(税込)

デビュー作『素数たちの孤独』で、25歳にしてイタリア最高峰のストレーガ賞を受賞した作家パオロ・ジョルダーノ。本書はローマに暮らす彼が非常事態宣言下で綴ったエッセイをまとめたもの。コロナ禍を数学的視点からわかりやすく考察し、日常が変化していくさまを記している。ジョルダーノはコロナの時代を心静かに乗り越えようとするだけでなく、「どうしてこんな状況に陥ってしまったのか」と語る。そしてパーティで友人がキスし合える日常を懐かしむだけでなく、これを機に環境破壊や地球温暖化の中で生きる、現代人の生活スタイルを見つめ直すことを提案する。「本当に僕たちは以前とまったく同じ世界を再現したいのだろうか」と発する問いは、いま人類誰もが自問するべき普遍性をもっている。


70年前のカミュは、この混乱を予知していた?

『ペスト』 カミュ 著 宮崎嶺雄 訳 新潮社 1969 年 ¥825(税込)

パンデミックが現実になるや、この混乱を“予知”したかのように注目された本書。日常の中に一匹、また一匹と増えていく鼠の死骸。身近な人が突如、疫病に侵され、無残にも命を落とす現実。混乱に拍車をかけるマスコミと政府。そして隔離された都市を蝕む、心理的な圧迫の病理……。時代も場所も異なるのに現代の我々を描いたかのような錯覚を覚えるほど、カミュが描いたアルジェリア、オランの町は疫病下の現実をリアルに炙り出す。しかしすべては架空の物語。迫真の描写を完成させるのに5年もの歳月が費やされたという。主人公の医師が奔走する様子だけでなく、市井の人びとがいかに生き、考え、死んでいくのか、多くの示唆に富む。ノーベル文学賞作家の代表作は、巣籠りには最良の一冊だ。


世界の知性が、コロナ後の世界を論じる。

『コロナ後の世界』 大野和基 編 文藝春秋 2020 年 ¥880(税込)

ノーベル賞経済学者のポール・クルーグマンや進化心理学の第一人者であるスティーブン・ピンカーら世界の知性6人へのインタビュー集。景気の回復、AIによるパンデミックの解決などさまざまな議論の中で全員が一致したのが、コロナ禍のポジティブな側面が、我々に深く考えるきっかけを与えてくれた点だ。人材論、組織論の世界的権威リンダ・グラットンは、コロナ禍が“この世の終わり”でなく、大戦後、世界が復興したようにいまを生きる我々も社会をいい方向へ変えていけると言う。確かにテレワークが普及したことは、先進国の中でも長時間労働で知られる日本人が、強制的ながら働き方改革を実施し得た意味でいい結果を生んだ。未来を見据えるために、識者たちの言葉はよき羅針盤となるだろう。


【関連記事】パンデミック文学から学べること──コロナ禍をどう生きるか

こちらの記事は、2020年 Pen 11/1号「人生に必要なのは、心に響く本。」特集よりPen編集部が再編集した記事です。